日本のすがた・かたち

2010年9月2日
天地いっぱい

%EF%BC%A8%EF%BC%B0-10902.jpg天地(あめつち)の
色を集めて黄昏は
唄の流るる街にかそけし

                                                            
確か三十六歳だったと思います。
今年の猛暑のような後の秋の黄昏でした。
東京銀座の雑踏の中を歩いていたら、突然涙が溢れ出てきたことがありました。
それは、哀しみでも嬉しさからでもない、ただ何かが充満し溢れ出した水の塊のようでした。
なぜそうなったのか、今でも原因は定かではないのですが、その時何を思ったのかははっきりと覚えています。
それは、私が知覚できる範囲の凡てが、生きもので充満していると思ったことでした。
人も、ビルも、道路も車も、そして視野に入っている凡ての物体が生きていると実感したことでした。
足元にあったプランターに咲く花も、空に浮かぶイワシ雲も、凡てがザワザワと活き活きと生きて充満している、と思ったからでした。
物質を構成している分子は、人間と同じ分子からできていて、微生物も何もかにもがこの天地の間でいっぱいに充満し活き活きと生きている。そう実感できたのでした。
なぜこの宇宙に地球が存在し、なぜその地球には生命が存在するのか。
この時期はそのようなことを考えていたことを覚えています。
後年、宇宙(太虚)には意志がある、と考えるようになったきっかけはこの時に溢れた涙でした。
この宇宙に存在する立体は3次元、それに時間を乗じると4次元、それに勢力(エネルギー)と志向(意志)を加えた6次元の世界。
宇宙の間に存在するあらゆるものは6次元の世界で存在しているはず、と考えていたことが、秋風の吹き初める黄昏の銀座の鋪道で、突然、眼に観えたのでした。
以来、あの時は陽炎のような幻を観たのかも知れない、と思うこともありましたが、30代の私を「天地いっぱいに生きよ」と導いてくれた、禅僧太田洞水老師のこの言を、この頃とみに思い出します。
「天地いっぱいに……」とは宇宙の中の生きものの生きる在り方を示唆しているようにも思えます。
この夏の暑さの中、黄昏の銀座の雑踏は、私の異次元空間であり、オアシスのようなものといえます。
”黄昏の銀座”は唄とともに、私の青春そのものだったような気がしています。
                                                                                                                                                                                                                            


2010年9月2日