イベント情報

2019年2月10日
二人の職人

先日、私が将来を期待している彫刻師の高畠彩乃さんと夫君の来訪がありました。
昨年に、私のHPから彼女を紹介して欲しいとの依頼が二人の方からありましたが、仲介役は得てではないので、そのままにしておいたところ、連絡があったとのことでした。

何でも大勢の人の見ている場で氷彫刻をしたとのこと、動画と写真で様子を知らせてくれました。
チェーンソウで氷を刻んでいる彼女の姿は綺麗な絵になっていて、「本物の職人になったなぁ」、と今更のように思い、嬉しくなりました。

その後、彼女が送ってくれた写真に次のメッセージが添えられていました。

―学芸員の方が撮影したものです。オープ二ングセレモニー当日の閉館時間ピッタリに頭の部分が折れたそうです。その直前だったそうです。
ここまで大切に最後を看取られる氷彫刻もないんじゃないかと思いました。仏様は何か心に届けて下さると感じた日でした。

また、―溶けた時まで何か感じていただけたらという思いで仏様をお迎えしました。無常と、そしてたとえ姿が見えなくても何かがある。御守りしているという事を会場の皆様と共有できればと言う想いで引き受けたお仕事でした。―

現在は次の仕事に意欲的に取り組んでいるそうです。

夫君は木製建具職人ですが、本職ばかりか地域の伝統文化を継承しようと獅子舞に勤しみ、獅子頭師としても活躍しています。

二人の来訪を受けて、私も設計の腕を磨かなくては、と励まされました。

私が最も好む人たちは「職人」です。仕事は嘘をいいませんので…。

 

写真:彩乃さんの氷彫刻風景

下 高畠宗久作の獅子頭(彼のことはまた書きたいと思っています)

 

 

 

 

 

2019年2月10日

2018年12月31日
年越し

 

〽️ジングルベルを(キリスト教)歌って直ぐに  除夜の鐘つき(仏教)初詣(神道)ほんに日本は謎の島

 

今年も各地で除夜の鐘が鳴り響いています。誰しもが幸せを願って。

皆様のご多幸を願って聴いています。

 

 

写真:京都知恩院の大鐘

 

 

 

 

2018年12月31日

2018年12月7日
星降る街角

歴史的な建造物などについて3時間ほど話して、さあ、この辺で失礼しようかと思っていると、意外や音楽が流れてきた。
それも「ハッピー・バースデー」のメロディーだ。
あれ、と思っていると、居合わせたメンバーが一斉に「誕生日おめでとうございます」、と。

 

4日早い誕生日パーティーが始まりました。
大きな和紙に私の強面の絵が描かれ、夫々が筆でメッセージを書き、祝福して頂きました。
去年も大勢の若者たちに祝って頂き、今年も、と深謝九拝でした。

 

ローソクの火を73本分消して、美味なケーキでお祝いしてくれました。
帰路、外に出ると満天の星。
このところは、チョーイソガシク、慌ただしい日を送っていましたが、このパーティーでリセットもされました。

 

また当日には、メンバーの10歳になる娘さんから、和紙にメッセージを書いた素敵な輪飾りが…。
こうして励まされて生かされているのだと思うと、益々パワーアップしたように思いました。
人との交流は、自分では気が付かないところで醸成されていることも改めて知らされました。

いずれお礼は、次代の人に役立つだろうことを、と…。
「星降る街角」を唄いながら…。

 

        バースデー 思わぬ宴 星の降る

 

写真:和紙の似顔絵

下 可愛い輪飾り

2018年12月7日

2018年10月31日
日本の技の体験フェア

 

—文化財として指定された建物が、様々な理由で維持できなくなって形を変えたり、惜しまれつつ姿を消す事があります。その背景の中で、時代の変化とともに創建当初の素材や技法が絶えてしまった、という話を耳にします。
名建築の姿・形をその如く後世に継いでいく為には、伝統的な素材の確保や技法の継承、さらに技能職の育成はとても重要な課題となります。
こうした日本の伝統技術の保存・継承を図るため、文化庁では選定保存技術の個人団体を認定し、その伝統技術を広く一般社会に紹介する「日本の技の体験フェア」という公開事業を毎年行っています。今年度は静岡県の熱海市で開催され、家族と共に足を運んできました。
会場の入り口で木を叩く音が響く中、大工さんが大きな丸太を加工していました—。

http://migaki-tai.org/

 

上記の書き出し文で、「名建築・みがき隊」隊長の及川博文さんがHPに寄稿しています。
我が意を得たり!として転載させて頂きました。

我が国の伝統技術の保存・継承を図るため、文化庁も本腰を入れているうです。
特に子どもたちが自国の歴史や文化に高い関心を持ち、継承者になってくれることを願うものです。
そのために私ができることは、日本の木の建築が日本にとって、また人類にとってもとても大切な文化遺産であると、仕事や活動を通じ流布することだと思っています。

木の建築を造り続けてきたことで、私は縄文の昔と往来できることを知りました。
先祖の生きた証が今日に続いていることも…。

 

画像:名建築・みがき隊HPより転載

 

 

2018年10月31日

2018年8月16日
追善の夏窯-引出し丹波

猛暑の最中、陶芸家・佐々木泰男さんが夏窯に精を出しています。

富士川町にある窯は毎年二回焚かれることが慣例になっていましたが、今年の5月に予定されていた窯は、頼みの盟友の死により延期されていました。

「8月に焚きますのでどうぞ。」といわれ、7月中に作陶し、一緒に入れてもらうことになりました。

陶友・市川武さんに窯へ運んでもらい、10日から下燃やしが始まり、14日から本燃やしでした。

「良い色がでていますよ!」と、昨夜、茶碗の写真が送られてきました。
窯焚きの途中に、中から引き出す手法の作品ですが、(上手く引き出されたようだ・・・)と感謝しました。
古くから瀬戸の「引出し黒」と呼ばれる茶碗物はありますが、丹波の引出し物は佐々木さんが初めて挑んだ技法でした。

11月の茶事に使うため10数点を焼いて頂いていますが、窯出しの25日が楽しみです。

この夏の私は多用にまみれ、窯詰めや窯焚きに行けず、ただお願いするばかりでしたが、佐々木さんにとっては、突然1月に亡くなった盟友の「追善の窯」ではないかと思っています。

写真が送られてきたのも15日新盆の日で、続いて市川さんが引出し風景をメールしてくれました。

一昨日、「古里に帰ることもなし盂蘭盆会」と詠んでいた私には、嬉しい供養の贈り物でした。

佐々木さんはじめ市川さん、お仲間の皆さん有難うございます。
暑い中、大変だとは思いますが、宜しくお願いします。

 

写真:上、中 陶芸家の引出し風景   下 引出し丹波茶碗 自作

 

 

 

2018年8月16日

2018年7月31日
熱海市長との対談-3

 

熱海市長との対談の第三回目です。

名建築みがき隊のホームページをご覧下さい。

 

熱海の文化財を後世へ繋げるために<その3>
>>イベント情報
「熱海の文化財を後世へ繋げるために」対談もいよいよ最終回です。
その1、その2については、下記のリンクをご参照ください。

熱海の文化財を後世へ繋げるために<その1>

熱海の文化財を後世へ繋げるために<その2>

 

 

名建築みがき隊HPより転載

 

 

2018年7月31日

2018年7月14日
熱海市長との対談-2

先日行われた齊藤栄・熱海市長との対談内容が名建築みがき隊のホームページにアップされました。

及川隊長の司会で行われましたが、この数年来の熱海市の発展の秘密が解き明かされたような気がして、私もとても刺激的なひと時でした。

以下、転載させて頂きます。

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2018年7月9日
熱海の文化財を後世へ繋げるために<その2>

 

http://migaki-tai.org/archives/1747

イベント情報
「熱海の文化財を後世へ繋げるために」対談の続編です。
その1については、下記のリンクをご参照ください。
熱海の文化財を後世へ繋げるために<その1>

 

 

 

2018年7月14日

2018年5月24日
熱海市長と対談

この晴天の月曜日に熱海市長と対談を行いました。
テーマは「文化財の保存活用について ~熱海の文化財を後世へ繋げるために~」でした。
コーディネーターは、名建築・みがき隊の及川隊長でした。

かねてより齊藤栄熱海市長は既成党に属さず、「市民党」を自認している方ですが、地方自治体の首長としては分け隔てなく、普遍的な構想を持つ市長として人気があると聞いていました。
市長は、熱海市内に在る文化財施設の利活用とこれからの展望について話され、私は、文化(文治教化)とは、文化財とは、文化財としての東山荘、その経緯を話しました。

7棟の国の登録文化財「東山荘」に隣接する、1棟の重要文化財「日向邸」。
共に昭和初期の熱海別荘建築の白眉ですし、往時の姿のまま現存する希少な建築です。

市長が対談の中で特に強調されたのは、熱海市にしかない歴史や風景、温泉や古の良きものを次の世代に伝達したい、とのことでした。
文化財を観光資源として活用することはもちろんですが、世界にない熱海の魅力を世に知らせることで市民の希望に繋げたいという主旨でした。参加者は共に笑顔で頷いていました。

 

及川隊長の名司会で時を忘れ、時間延長となりましたが、この「東山荘」が平成28年に文化財となり、名建築・みがき隊が組織され、その後は思いがけない展開となり、熱海市長はじめ、海外、県外の行政や文化財関係者との交流が活発に続いています。

私は、昭和19年に岡田茂吉翁がここを私邸にしたことから始まった文化のエネルギーに、想いを馳せています。
これから東山荘は、集う方々にとって、遠く眺望する相模の風光と、優れた日本建築と、先人の遺徳を偲ぶよすがとなってくれると思っています。

帰路、(自分は、文化を遺すことができるのか・・・)と、自問していました。

 

 

2018年5月24日

2018年5月9日
逗子「新緑の茶事」

前日の大荒れの天気が嘘のような晴天日。
11時半の席入りに合わせ蓮客と駅で落ち合う。

寄付に入れば、小野田雪堂筆の万葉仮名なる「いろは歌」。
懐かしさに暫し瞑目。

白湯を受け、待喜庵露地に出る。
庵守の青モミジは陽光に映え、一同を迎える。
露地の風情はことのほか爽やかで、青苔が瑞々しい。

蹲踞で水を使い、躙口より席中に。
暗い床に一行物が掛かる。

「白雲深処掩柴扉」宗室(淡々斎)の端正な筆になる。
進んで炉に掛かる釣釜を見る。
5名の連客が付くと一呼吸置き、茶道口が開く。

「どうぞお進み下さい」
「失礼致します」
主客の挨拶。露地の風情、床掛物の問答に移る。

「截断人間是与非 白雲深処掩柴扉」

人間(じんかん)の是と非を截断(せつだん)して
白雲深き処柴扉(さいひ)を掩(おお)う

人間の字はニンゲンとは読まずジンカン。人の世の世間、世俗、巷の意。
柴扉とは雑木で作った粗末な庵のこと。

世俗の喧騒を離れ、雲深き山中にあって人間社会での是非、善悪、利害、得失、苦楽、愛憎などの相対的執われから離れ、世間の暗いニュースも、国会の混乱も、セクハラの話題も伝わってこない。あるのは静寂の中の鳥の声、風の音、席中の香りのみ。
喧騒の街中に住もうとも、大勢の中に交わっていようとも、心境においては主客共に人間(じんかん)の是と非を截断(せつだん)して白雲深き処柴扉(さいひ)を掩(おお)う境地でありたいとの庵主の思い。

一同意を汲み是深謝する。

初炭が始まる…。

(以下続く)

2018年5月9日

2018年4月7日
逗子の茶事

三年前、新築した茶室の名前を付けて、との要望がありました。
私が設計した茶室の名付けは数軒ありましたが、手掛けずに完成しましたので、というのは初めてでした。
ご厚誼を頂いていてお断りできない状況を考え、快諾しました。

庵号は「待喜庵(たいきあん)」としました。
待喜のいわれは「天来待瑞喜(てんらいずいきをまつ)」から採ったものです。
「天来」とは天から来たる、「瑞喜」とは喜びの瑞兆、という意味で、いつも私は設計をしながら、プランがまとまる兆しが天からやって来るように、と、それを待つ言葉にしています。

庵主が茶友との交流を重ね、その喜びの兆しをこの席で待つように、との願いからでした。
「待喜庵」と書にしたため謹呈させて頂きました。
そして茶席披きの茶事に正客として招かれました。

木の香漂う庵は良く工夫され、庵主自身が、これからどのようなお茶をして生きて行きたいのかを教えてくれる造りでした。
露地には植えられたばかりの青モミジが印象的で、モミジ越しに見える庵号の扁額は輝いていました。

私も一昨年の十一月に待喜庵主をお招きして「お祝いの茶事」を催しました。

玄関床 自書 短冊 「天来待瑞喜」
寄付  小野田雪堂詩書 「友到談古今・・」
本席床 清田保南老師 一行「随処作主」
茶入  志野肩衝 銘「天来」自作
濃茶碗 赤楽 銘「寿福」長入
茶杓  煤竹 銘 「庵守(いおもり)」 自作
添歌「待㐂なる庵の守の初紅葉 幾代も芽吹け主に寄り添い」樵隠庵詠
炉縁  桐霊芝喰い鶴金銀蒔絵  自作

露地の紅葉が客一行をお迎えしました。

先日、待喜庵主より茶事のお招きがあり、今月末に参上仕ることにしています。
茶の湯の行き着くところは茶事一会。
私にとってのイベントは茶事一会に勝るものなし。このようにして茶事でお招きし合うご縁を有難いと思っています。

庵主の待つ地は逗子。
逗子は私が20歳の頃住んだ思い出の街。
また思い出がひとつ増えそうです。

 

   楽しみは逗子の庵の青紅葉 また逢い見ゆを待つるこの時

 

写真:「樵隠庵」露地の青モミジ

 

 

2018年4月7日