Sのプロジェクト

2018年12月30日
2019・平成最後の年に

 

Sのプロジェクト・「三島御寮」造営計画は、2019年平成最後の年に計画の全容をお知らせできる予定です。

目下、全体模型の製作中です。

 

天も地も 神も仏も 日も月も 貫くものは そこの心根

陽が昇るのか、地球が迎えにゆくのか。
46億年も前から日々繰り返えされている運行。
そして私はこの大地に生息しています。
日本に生まれて、この頃ようやく足もとが見えてきたように思います。
今、日本の国の面白さ美わしさを発見し胸を躍らせています。

 

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For 4.6 billion years
Sky and Earth, God and Buddha, Sun and Moon
Their bridges are room full of mercy
Which came first, rising sun or being approached by earth?
This diurnal activity has been repeating for 4.6 billion years and I live on planet earth.
I was born and brought up in Japan and I at last feel like I find my duty clearly.
Now, Japan’s fun and beauty, which I have discovered, make me so excited.
(訳 あさいまみ)

 

写真:駿河湾西方眺望12月31日

2018年12月30日

2018年9月18日
充満している

以前から、その地に立ち、その建物に入り、その文物を観て、その人と会うと、何故か心を奪われて行くことを経験しています。
何故そうなるのか漠然としていました。

圧倒的な自然の景観、自然を人工的に創り上げた創造の空間、建築が醸し出す品格、文物に内在する作者の魂、本能的に好ましく思われる人物・・・。
何故そう思うのか。

 

先日、久し振りに箱根強羅の「神仙郷」を訪ねる機会がありました。
小雨の中、苔庭を巡りました。

既にモミジは、紅に装う支度を始めていました。
初訪庭から40数年間の歳月が、走馬燈のように思い起されました。

この庭を連れ立って歩いた思い出の人たちの顔が浮かびました。
その折の爽やかな緊張感も・・・。

やはりこの美しさの漂う緊張感こそが、この名園の名園たる所以だと、改めて思うに至りました。
造営主の美しい想念はこの空間に充ち満ちているのだと。

 

現在、「三島御寮」造営計画のスタディ模型を作りつつ、露地の作庭計画を進めています。
茶の庭には用と美が求められ、わけても茶事を催すことのできる外部空間の役割が重要視されます。
茶の湯は外内部共に濃密で品格の高い美しい空間を必要としています。
全ては「美しい生活」をするために。

神仙郷庭園は造営主岡田茂吉翁の崇高な気が充満していることを実感します。

私は果たして「三島御寮」造営計画を進めるのに私心はないのか、充満する気を創り得るのか。

箱根の苔むす庭を巡りながら、今一度、我が身に問いかけていました。

 

写真:9月、強羅の苔庭にて

下:「三島御寮」造営計画・露地(案)

 

 

2018年9月18日

2018年4月8日
Sのプロジェクト2018・4月

二枚の扉
「三島御寮」造営計画の中にある中央棟には大きな扉を計画しています。
高さ3メートルほどの木製の観音開きとなるものですが、中央に位置し、普段は閉じられていて、行事や儀式の際に開けられます。

寺院でいえば須弥壇のような場所で、その扉の裏が「茶の湯の舞台」の入口となっています。
建物全体の守護神である「伽藍童子」もこの扉の裏に作るつもりです。

扉は、分厚い桜材で裏表全面に彫刻を施す予定です。
テーマはロダンの「地獄の門」ならず、「日本の門」です。
彫りは彫刻師・高畠彩乃さんに相談しようと思っています。

現在、様々な門の扉を見て回りながらスケッチを重ねています。
この扉は「三島御寮」造営計画の核となるもので、心臓部にあたります。
この意匠が決まらないと中央棟の高さが決まらず、全ての棟に影響を及ぼすことになります。
建築は、これら細部に亘るものが全体のすがた・かたちを決め、全容が整うこともあります。
全ては美しさの追求から生じていることです。

後、2ヶ月ほどで基本計画がまとまる予定です。
長い道のりですが、何故か心は高揚し続けています。

 

写真:上 東博「アラビアの道」展にて

中 カアバ神殿の扉17世紀
下 ロダン作「地獄の門」

 

 

2018年4月8日

2018年2月4日
Sのプロジェクト2018・2月

「三島御寮」造営計画は、現在、造営図書出版の準備をしています。
先ずは、全体の造営構想をまとめた文書の『三島御寮造営計画書』と、「茶の舞台」他10棟の計画図と設計図をまとめた『計画・基本設計図』、そしてスタデイ―用の模型です。

構想を立てている間に絶えず脳裏をかすめているのが三百年後という歳月です。
今から三百年後の日本がどのようになっているのかは解りませんが、この建物が三百年経ったらどうなるのか、は想像がつきます。

今から三百年前に築造された建築を見れば、経年変化や劣化状態が分かり、大規模な修理や改修も理解することができます。

現在まで遺ってきた古建築の凡ては、当時の工人達の優れた見識と熱意、それを裏打ちした願心、使命感によって建造されてきています。それを後世の人たちは感受し、伝統を守り育ててきたと考えられます。
「自分たちもそれに倣い、新たな創造をして行こう」ということだったと思います。
永い過去からのこの連鎖は、建築による生活様式を変化させながら、民族の誇りを抽出させてきたといえます。言語と共に日本人のアイデンティティがここにもあることは間違いありません。

茶の湯のステージである「三島御寮」は普遍的な日本の文化の基軸を演ずる建築群であるため、この計画は全国の自治体の事業に取り上げられる可能性もあるのではないかと思います。
「木の使用と植林」、「木の建築造り」、「建築技術の保全、育成」、「茶の湯の儀礼・儀式の習得」、「伝統産業の振興」、「日本文化の発信」などが期待できる本計画は、いずれ理解されることになれば、仮称「○○御寮」として各地で造営されるのではないかと思っています。
そのためにも計画全容が理解される設計図書を作り、ご要望とあらば、図書一式を進呈させて頂く予定です。

美しいというものには古いも新しいもありません。この平成の時代に美しいと思える茶室群を造ることが願いです。
全国各地に、木造の茶の湯のステージが造営されることを夢見るこの頃です。

 

 

2018年2月4日

2018年1月1日
茶の湯のあかり

三島御寮造営計画のために開発してきた「茶の湯のあかり」が先月末工学的完成をみました。デザイン的には未だ未完成ですが、後僅かな形の修正で完成となります。

三年がかりの試行錯誤は照明器具の限界に挑むようなものでしたが、改良を重ねた結果の灯りは、茶の湯に勤しむ方々のお役に立てるのではないかと思いました。

 

今回も「禅のあかり」を世に出したヤマギワの開発チームが担当してくれました。

この構想は五年前から始まり、スケッチを渡す際、次の要望を伝えました。

1 .茶の湯における茶事、茶会など凡ゆるシーンに対応できること。

2 .最先端技術と日本のものづくり技術が駆使されていること。

3 .人間の情操が高まるような灯りの質であること。

4 .美しいデザインを追求すること。

そして出来れば、「気にならず、眼に障らず、パワーコントロールを」と。

 

照明は只の器具に過ぎないものといえますが、機能性と共に人間の精神に多大な影響を与えるものと思っています。

いずれ完成した暁には開発経緯を明らかにしますが、世に長く支持され、多くの人たちの心の安寧に寄与できればと念じています。

私にとっては大建築も照明器具ひとつの設計も同じ思いが成せる技です。

「禅のあかり」は北米国際照明デザイン賞受賞後、既に20年、現在ではヨーロッパでも購入されているようです。

 

最終案がまとまった造営計画は、年頭から動き始めます。
半年後には、日本のすがた・かたちが見えてくると思います。

 

写真:照明器具5種の内のひとつの「スタンド」12月26日実験立ち会い

 

 

2018年1月1日

2017年8月8日
帯に描く

「三島御寮」造営計画の設計変更図がもう少しで出来ます。
今日は、鉛筆を絵筆に変え、数年前、設計に着手した折に描いた帯を思い出し、探して出してみました。

その折に唄い描きつけた都々逸
津礼天由起多矢見悲也久能止之返 意木奈保田留賀三地遠天良寸

連れて行きたや三百の年へ 粋なホタルが道ょ照らす

あの人を三百年先に連れて行ってやりたい。粋なホタルがその昏い道を照らしてくれるから。

その時の思いは変わることなく、沸々と胸の裡は燃えて盛んであることを確認しました。
物事は思いさえあれば、いつか叶うもの。

一枚の帯は今の心境をそのまま残してていました。

この帯を仕立てて、さあ、誰に締めてもらおうか、と……。

 

 

写真:後 木造のUFOのとぶ菜の花畑都々逸文紬帯
前 若葉文に花鳥風月

 

 

2017年8月8日

2017年7月17日
思い直して

14歳の天才棋士藤井聡太四段の将棋を指す場面を見ると、いつも長時間の正座姿です。これをそのまま当てはめれば済むという考えと、ロボット棋士は正座をしてない、という姿。しかし息詰まる勝負は展開されている。

日本の伝統を重んじ継承する人たちがいる以上、畳の上で正座できることを前提とした計画案でよいという考え方と、現代社会の生活の中では畳の存在は薄れ、若者に聞けば座ったことがないとの答えが多い中、いずれ肉体的に辛いとことはAIロボットが代行して茶を点てるのでは…。

茶の湯のステージ「三島御寮」造営計画で、構想時から引きずってきた課題は、高齢者はいざ知らず、これからの人たちが果たして畳の上に正座して、茶事や茶会を楽しむことができるだろうか、ということでした。

建築の設計はその時代の特性や風習、価値観を無視することはできず、今という時代ばかりかこれからの時代を設計する行為でもあります。

つまり、座して行動するか、椅子の行動とし、作業の大半はAIに任すようになるかの選択によっては、計画そのものを根本から見直すことになります。
最近までは畳に座す伝統の継承でなければならない、そこから成立している一連の行動の保持で良いとしていました。

しかし、使う人たちが少なくなり茶室群の手入れも滞るようになったら建築も観賞用となり、明治村のような展示物になりかねない。

伝統とはその上に立った創造であって、常に将来の人間の生活に寄与しなければならない・・・。
これらをどの様に解釈し設計に反映されて行くのか…。

畢竟、迷い迷った末に計画案の修正をすることにしました。
ここ数年の間で自分の中に生じてきた懐疑に結論を出した結果です。
これからの時代をできる限り想定し、茶の湯の面白さ、楽しさ、麗しさが演出できる茶室群に変更することにし、始めた模型作りは一旦止め、再度計画図描きです。

利休が活躍した桃山時代の茶室は、現代に至り多少の難はあっても使えます。
この事実は何かを語りかけます。

三百年先を目指し、今日より明日、明日より明後日…と。
建築の設計とは終わりのない作業といえます。

 

思い直して図面に向かう やることは是のみと定めて

 

写真:思い立った日、前庭に開いた今年最初の蓮
図:「三島御寮」造営計画は薬師如来像の姿(変更前)

 

 

 

2017年7月17日

2017年6月18日
茶事・座敷のあかり

「三島御寮」造営計画の当初から茶事・茶会に使う照明の開発に着手しました。

建築工事着手は三年遅延していますが、先に照明器具の試作品が完成しました。

私は建築の計画段階から照明器具の開発をすることが多く、岐阜「瑞龍寺」、御殿場「感応寺」や茶室「白鶴亭」、「吉々里庵」、「樵隠庵」などまた近年は熱海「水晶殿」の照明デザインをしてきました。

照明は単なる灯りではなく、物を見る光の質と生きものの精神に及ぼす影響が大であることから、その建築の空間に最も相応しい「ひかり」は何か、を求めてきました。

そして先日、東京の下町工場の職人たちが技術を駆使し製作し、製作デザインを担当した田附冬樹さん((株)ヤマギワ)のチェックを受け、送られて来たのがこの(仮称)「茶事・座敷のあかり」です。

これから冬季に催す半昼半夜や夜咄の茶事に使用し、新製品として世にだせるか実験を重ね、改良を重ねて行きたいと思っています。

私にとっては「禅のあかり」、「茶事のあかり」など「日本のあかり」シリーズの連続の中にある一燈となります。

美しく、温かく、新しく、が指針です。
そして最先端技術を結集することはいうまでもありません。

この燈火の下で繰り広げられる茶事の光景が、多くの人々の心に残りますようにと念じながら…。

 

写真:試作のコードレススタンド照明

 

2017年6月18日

2017年6月1日
模型作り開始

 

計画を何度か修正し、最終案が描き上がりました。

これからスタデイ模型の製作に入ります。

模型作りは静岡の加藤惣一さんです。私が最も信頼する模型師です。

同時に木造の骨組みの模型を作り始めます。いつもこれは自身で作っています。

木造の設計は木組みを知らなければできないため、にわか模型職人となります。

眼の前の靄も晴れ、凪た航路が見えてきました。

 

      漕ぎ出だすまた再びと海原に 地図なき路の風を頼りに

 

 

画像:茶の湯のステージ「三島御寮」造営工事 平面計画図(部分)

 

2017年6月1日

2017年5月19日
奈良東大寺

IMG_3473.JPG「三島御寮」造営計画の最終案をまとめるため、奈良の東大寺などを調査してきました。

 

東大寺は修学旅行以来何度も訪れていますが、木造建築の設計を学ぶ際のお手本の一寺にしています。

理由は大仏様(旧天竺様)という建築様式の特色といわれる南大門などが単純で分かりやすい木造構造を遺していることと、大仏殿が創建の天平時代から、鎌倉時代、江戸時代の二度の再建をして現代に至っていることで、規模や当時の世相、設計水準、信仰心の在り様までもが手に取るように分かるからです。

 

木造建築の設計は木を知り、寸法を決め、建てる順序が解ればできるようになります。

今風の木質系木造住宅などの設計は少し慣れれば中学生でも理解できますが、本格的な木造建築はそう簡単には設計できません。

ヒントは江戸時代に活躍した棟梁達が目指した「五意達者(ごいたっしゃ)」に通じているかどうかです。

 

私は木造建築を設計できるようになりたいと思い定め40年経ちますが、それは「五意達者」を目指してきたと同じことでした。

それも何もかも工事現場が実践の場で、机上では達者になれないというものでした。

 IMG_3491.JPG古建築を実測調査し、先人の仕事を偲び、そこから新たな創造を展開して行く作業こそが、伝統を繋ぐことだと知ったのは50も過ぎた頃でした。

 

縁を頼り、国宝の木造建築を幾つも実測調査した感触が現在の私の設計観を支えていることは事実ですし、その結果得られている寸法や、肌合いを含めた美的な審美眼といえそうな感覚もその実測と分析のお蔭だと思っています。

 

「三島御寮」の茶室群計画は、遠く室町時代の「禅院の茶」に源を発しています。

構想の柱は足利義政、能阿弥、村田珠光、千利休、織田有楽、小堀遠州、三千家、近代数寄者、そして近未来へと続く茶の湯者を輩出できるかの茶の舞台造りです。

後一歩ですが、ここに来て計画決定するためと木材の調達の行脚を始めました。

幾つかの古建築と先賢の行履を訪ね、三百年先に子孫が応えてくれるような計画にしたいと思っています。

 

IMG_3521.JPG東大寺にこだまするのは子供たちの歓声ですが、その半分は中国語などの声でした。

60年前とは隔世の感がありました。

また、鎌倉時代再建の立役者重源と仏師の快慶に興味を覚えていましたが、奈良博での「快慶展」も堪能しました。

 

平安時代の仏師定朝、そして快慶。古建築と共に優れた文化遺産があることで私は今と未来を生きていると改めて思ったものです。

 

 

写真:TP 東大寺大仏殿正面

 中 大仏殿主柱

 下 南大門内部木組み

  

2017年5月19日