Sのプロジェクト

2020年8月12日
事業再開2008

 

今年のお盆明けに「三島御寮」造営計画が再開の運びとなります。

三年前に頼りとしていた友人を亡くし、その後新たな設計の仕事が続いて忙殺の日々を送っていました。
その間に何度も計画を中止しようと思ったことがありましたが、やはり実現に向けての気持ちは変わらず、今日を迎えました。
再開に至った契機は幾つかあって、新型コロナやこれから取り組む仕事について協力してくれる建築家が何人も現れたことがありますが、何より背中を押してくれたのは年齢でした。

今年で満75歳、待ち望んでいた後期高齢者の仲間入りです。
そして父親が身罷ったのが75で、生前「親の歳まで生きるのが親孝行だぞ」という戒めでした。
父は、「何も親孝行しなくてもいいから自分一人で生きて行け、親より先に死ぬな、親の歳より長生きしろ」と常にいっていました。そして「卑怯な真似はするな」と。
同じく75で亡くなった母は、「私はお前を信じているからね」、「心から有難う、ごめんなさいが言えれば、何処で暮らしても生きて行けるから」だけでした。
私にとっては先賢が遺した万巻の書より、幼い頃から身に付いた名言、戒語でした。

本日、建築模型製作の名人加藤惣一さんに計画模型を依頼しました。
私は、頼りになるパートナーの建築家と設計図書のまとめと出版に入ります。

そして近々、計画にある御堂にお祀りする「薬師如来像」作りを仏師の高畠彩乃さんに依頼することにしています。

私は日本の木の建築の真髄を次代に遺したい、その一心です。
さあ、何処まで行きますか、興味の湧くところです。

 

『三島御寮造営図書』全33巻 発刊予定

A.第一期・基本計画
1.『構想語録』 300頁1冊 全体の造営構想を記述した短文集
2.『三島御寮造営計画書』 250頁 1冊 全体の造営構想をまとめた文書
3.『計画・基本設計図』 A2版-200枚 全体の計画図と設計図
4.『設備設計図面』 A2版-50枚 電気、水道、ガスなど設備に関する設計図
5.『照明計画図』 A2版-30枚 特殊照明に関する計画図
6.『木構造計画書』 150頁2冊 木造の構造計画
7.『造園計画図』 未定 庭園、露地などの計画図
8.『造営仕様書』 100頁15冊 造営工事全般の標準的な仕様書
9.『特記仕様書』 50頁10冊 造営工事の各棟、庭園に関する特別仕様書
10.『模型』 12基 完成模型、内スタデイ―模型4基
11.『儀礼・儀式書』 150頁6冊 三島御寮の儀礼⚫︎儀式を図と文で解説
12.『設計監理者育成指針』 240頁 2冊 木の建築家育成の手引き書
13.『経営者育成指針』 未定 三島御寮経営者の育成指針

B.第二期・設計、工事監理
14.『造営実施設計図1式』 A2版-300枚 工事施工のための設計図
15.『作事指示書』 50頁6冊 各工事の施工指針
16.『木材調書』 30頁10冊 木材の寸法、特徴、産地など指定
17.   『絵様下絵集』 100枚2冊 彫刻、金具などの下絵
18.『木割書』 30頁10冊 各棟の木材寸法の比例按分を記す
17.『造園仕様書』 50頁3冊 露地など造園に関する指示書
18.『検査手引書』 50頁3冊 材料、工事に関する検査指針
19.『原寸図』 A1版-200枚 特殊部分の実物大図面
20.『スケッチ集』 A3版-100枚30冊 構想・計画・設計のスケッチ集
21.『工事監理記録』 30冊程度 工事着工から竣工までの監理記録
22.『創作茶道具集』 50頁5冊 創作茶道具スケッチ・図集

C.第三期・事業経営
23.『三島御寮経営要綱』 未定 三島御寮経営の理念
25.『造営回想録』 未定
26.『造営句・歌・都々逸集』 未定
27.『三島御寮茶事記』 未定
28.『創作茶道具集』 50頁5冊 創作茶道具スケッチ・図集

D.その他・書籍出版
29.『造営の群像』 未定 フィクション
30.『木造のUFOが飛んだ』 未定 小説
31.『設計問答』 未定 随想
32.『伝統を創る』 未定 随想
33.『日本のすがた・かたち』 未定 随想

 

 

 

 

2020年8月12日

2020年6月7日
キーワードは?(再掲載)

にわか知識を蓄積中です。
浅く広くの知識は、教養にはなりえません。
でも、ないよりはまし。
という気持ちで悪あがきしております。

三島御寮については、様々なキーワードが挙げられます。
茶の湯・木の建築・祭事・神仏・儀式・儀礼・縄文文化などなど。
その根底には「日本文化」という、普遍的でありながら非常につかみにくいテーマがあります。

「日本文化とは何ぞや。」
難題です。
衣食住はじめ、宗教、風習、言語、芸能、多様な切り口は思い浮かびますが、
個々について語ることができても、その真髄にたどり着くにはどう向き合ったらよいか途方にくれます。

田先生は、日本文化を読み解くキーワードとして、
・古神道
・日本仏教
・皇室
を挙げられています。
そして、それらを実践として確立したものの一つに茶の湯があると。

うーん。うなりますねえ。
長年くすぶっていた知識欲がうずきました。

知識の海という大海原に漂流しながら、日本文化の深淵に少しでも触れられるよう、
しばしもがいてみようと思います。

望月美幸(建築家・JIA会員)

 

写真:「御守」 彫刻師・高畠彩乃作(神代欅)

2019.8.19掲載

 

 

 

2020年6月7日

2020年4月26日
Sのプロジェクト2018・4

二枚の扉
「三島御寮」造営計画の中にある中央棟には大きな扉を計画しています。
高さ3メートルほどの木製の観音開きとなるものですが、中央に位置し、普段は閉じられていて、行事や儀式の際に開けられます。
寺院でいえば須弥壇のような場所で、その扉の裏が「茶の湯の舞台」の入口となっています。
建物全体の守護神である「伽藍童子」もこの扉の裏に作るつもりです。
扉は、分厚い桜材で裏表全面に彫刻を施す予定です。
テーマはロダンの「地獄の門」ならず、「日本の門」です。
彫りは彫刻師・高畠彩乃さんに相談しようと思っています。
現在、様々な門の扉を見て回りながらスケッチを重ねています。

この扉は「三島御寮」造営計画の核となるもので、心臓部にあたります。
この意匠が決まらないと中央棟の高さが決まらず、全ての棟に影響を及ぼすことになります。
建築は、これら細部に亘るものが全体のすがた・かたちを決め、全容が整うこともあります。
全ては美しさの追求から生じていることです。
後、2ヶ月ほどで基本計画がまとまる予定です。
長い道のりですが、何故か心は高揚し続けています。

 

写真:上 東博「アラビアの道」展にて
中 カアバ神殿の扉17世紀

2018・4 投稿

 

 

2020年4月26日

2020年2月5日
相聞の歌

  向かいいて千代も八千代も見てしがな 空行く月のこと問わずとも『蓮の露』

今から25年ほど前、近郊の邸宅設計を依頼されました。
クライアントは我が国で名医として活躍していた外科医でした。

依頼内容は鉄筋コンクリート造の豪邸でした。
当時の私は多忙で、木造建築に特化して仕事をしていたこともあり、依頼を受けるかどうか迷っていました。
ある日、夜の敷地を見に行くと、夜空には大きな紅い満月がありました。

その夜、望月の絵を描き、良寛と歌を交わした貞心尼の歌を画賛にしました。

「良寛さまとこうして向かい合い、千年も万年もいたいと思います。私のことをさておいて、月のことなど尋ねないでください。」

貞心尼の恋心が表白された相聞歌でした。

 

私は近在にない邸宅を設計監理し、施主の期待に応えようと未だ見ぬ建築に向かいました。

この頃から、私の設計生活の基本となる考えがすがたを見せるようになりました。

「向かいあって、ずっと見ていよう・・・」

そう思うようになり、それは今日まで変わることなく、私の生活に常住することになりました。
「建築に向かい合ってずっと・・・。」以来、四半世紀この相聞歌を歌って来ています。

先週、その施主から建物を解体する旨の連絡を受けました。
その日は、「何故?」との思いが錯綜しましたが、次の日に急遽予定をキャンセルし、使われていた思い出のケヤキ製の大テーブルを頂きに伺いました。

施主と20年振りに再会し、「是非貴方にテーブルを差し上げたい。」との申し入れに感謝しました。
そのテーブルは当時の記憶が隅々まで遺っているものでした。

私が精魂込めて設計監理した建築が未だ使用できるのに、この世から失せる・・・。

数人でテーブルを運びながら、この現実を「この世の形あるものは滅するがさだめ」との真理に気持ちを替え、持ち帰った欅の板に思いを込めました。

さて、この大テーブルを何方に使って頂こうか・・・。
樹齢300年ほどの欅を前に、私に様々な思いに駆られました。

今ココにある「三島御寮」造営計画と向かい合っている己の姿を改めて見ています。

千代に八千代に・・・。

 

 

2020年2月5日

2020年1月2日
「風のハルモニア」

 

昨年末、友人の建築家から「THOUGHTS」の石川渉さんのブログに、痛く感銘を受けたとの連絡を頂きました。
私は石川さんの文だと思ったら、私のとの対談とのことでした。

それはそれはとお礼をいって、渉さんは有望なクリエイターなので注目してやってくれ、と話しました。
それで、改めて見た記事が以下でした。
我ながら、たまには良いこともいう、と思いながら、機会を作ってくれた彼に感謝しました。

http://thoughts.jp/

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「風のハルモニア」対談 抜粋

建築家・太田新之介さん #3「手に得て心に応ず」
自分の儀礼儀式をつくる

 

建築家・太田新之介さん #3「手に得て心に応ず」
自分の儀礼儀式をつくる

太田 なぜこういった儀礼儀式の話をしたかというとね、君の場合はこれから自分のそういったものをつくっていかなくちゃいけなくなるはずなんだ。

石川 儀礼儀式をですか?

太田 言うなれば、自分なりの儀礼儀式をつくっていくこと。それがデザインなんだよ。あなたの中には本質的なものを見きわめようとするまなざしがある。そういう視点、ものの見方ができる人間ってのは、かならず自分のものをつくっていくようになるから。

石川 まずは自分をつくる、ということでしょうか。

太田 そう。まずは自分だけのものをつくっていかないと、儀礼儀式をつくることはできない。とくに時を超えて歴史に残るようなものをつくりたいなら尚更だ。自分なりの積み重ねがないと、一過性のものしかできないからね。設計とは自分という人間を設計していくことなんだよ。その中から姿形がおのずと現われてくる。

石川 なるほど。

太田 「茶事を知らずして茶室はつくれない」ってことと同じだよ。データを集めれば似て非なるものはできるかもしれないけど、それはけっして本質的なものにはならない。茶室を設計するなら、素材や工法なんかはもちろんのこと、茶事という儀礼儀式を自分なりに体得しておく必要がある。茶室をつくるということは、自分の考えるお茶のスタイルを提示することに等しいんだ。

石川 そういう意味では、われわれの仕事って怖いですよね。内面がそのまま現われるから。

太田 君は大丈夫だと思うけど、けっして受け売りや借り物の話をしないように気をつけないと。茶事でもユニバーサルデザインでもなんでも、自分の中にいっぺん引き入れて格闘してみなくちゃいけないんだよ。デザイナーってのはさ、自分の中にいろんなものを取りこんで、それを揉んで揉んで、消化酵素をいっぱいつくって、そこから自分なりに転化させていくような、そういった化学反応を起こすだけの力を内在させていないとダメなんだ。

石川 分かりました。もっといろんなものを取りこんで、考え続けないといけないですね。

太田 あなたは儀礼儀式を自分でつくっていける。俺はその可能性があると踏んでるんだよね。じゃあちょっと茶室の方に行こうか。

石川 はい。

太田 ここが小間席と呼ばれる小さな茶室。私が主人のときは2~3名のお客様を招く場合が多いかな。ここはね、外から見てると狭く見えるけど、中に入って座ってみると本当の広さが分かるんだ。ちょっと入ってみてごらん。

石川 失礼します。本当だ、天井も低いですよね。

太田 背が高い人なら頭がついちゃうくらいだよね。ところがこの中にしばらく座ってると、いかにこの空間が広いかというのが分かってくる。不思議なもんなんだよ、茶室って。黙って座ってるうちに、なぜこういった空間が必要で、なぜ地べたを感じて畳に座るのか、そのあたりが直感的に理解できるようになる。これが日本人が編み出した空間構成なんだよね。いわゆるオリエンタル・マジックだ。外国人が入りたがるわけだよ。ここに座ってるだけで、日本文化の深いところへいきなりワープできちゃうからね。—さて、こっちが広間だ。

石川 さっきの小間とは趣が違いますね。

太田 小間は草庵のような素朴なつくりになっていて、広間は書院風といって格調を感じさせるつくりになっていることが多いね。

石川 こちらの茶室の説明をしていただいてもいいですか?

太田 分かりやすくマテリアルの話からすると、この茶室だけでだいたい15種類くらいの材料を使ってる。

石川 15種類も!

太田 京都の材木屋さんがすべて段取りしてくれてね。かなり質のいい材が揃ってる。たとえば、床の間の横に棚があるよね。

石川 はい。

太田 それは琵琶棚(びわだな)とよばれるしつらえで、天板には松の「赤身(あかみ)」が葺かれている。赤身ってのは、松の中心にある芯の部分。腐りにくくて密度の高い、松の特性そのものが結集した高級材です。これだけ大きな芯の部分があるということは、相当な樹齢の巨木だということだよな。さらにはその中でも「肥松(こえまつ)」といって、ヤニが多く含まれてるものが極上物。そういう材だと、ただ布で拭いているだけで黒光りしてくるんだ。

石川 奥深い世界ですね。

太田 床の間の一段あがった框(かまち)に使われている材も面白いよ。かすかにくぼんだような箇所がいくつかあるよね。これを私らは「えくぼが入る」って言うんだけど、若い枝を枝打ちしてわざとつくったものなんだ。こういった痕跡も意匠の一部として賞翫するわけです。

石川 デザインであると同時に、これだけ手を入れましたよ、という証でもあるんですね。

太田 そういうこと。床の間の内側にある短い角柱。それは桐の四方柾(しほうまさ)になってる。四方―すなわち四面すべてが柾目(まさめ)になるよう、大きな原木を選んだうえで木目を計算して切り出してるんだ。

石川 木工技術の集大成でもあるのか…。

太田 京都の北山杉なんかもそうだよ。何十年もの歳月をかけて、まるで盆栽のように人が細やかに手を入れて育てる。まさに芸術品だよね。それを「面皮柱(めんかわばしら)」といって、たんに四角く落とすのではなく、丸太の面が残るように加工する。そういることによって茶室にふさわしい野趣とやわらかな雰囲気が生まれるんだ。

石川 ひとつひとつに魂と技が宿っているんですね。

太田 茶室は一事が万事、日本の工芸品によって構成されてるということだよね。どういったものを選んで、どのしつらえに、どのように使うのか。茶室を形づくる材のそれぞれがストーリー性を持っているわけ。だからね、茶室のことを知っている人がここを訪れると、使われている材料の話だけで半日くらい経っちゃう。

石川 分かるような気がします。

太田 そうした材は、そのもの自体が自然の波動を発しているからね。この空間の中にいると心が落ち着くんだよ。

石川 一昨年でしたか、茶飯釜(ちゃはんがま)の席にお招きいただきましたよね。炉に据えた釜でご飯を炊いて、みんなでお話ししながら炊きあがりを待ってるんですけど、お米が炊けるパチパチという音がしたり、「そろそろ炊けるかな」みたいな会話があったり。

太田 火ふき竹で火を起こすと、ちょっと焦げたような匂いがしたりね。

石川 あれはとても面白い体験でした。

太田 やっばり実体験があるとね、ものごとを組み立てる時に全然違ってくるんだよ。そういった感覚的な蓄積があるのと無いのとでは天地ほどの開きがある。データだけでは分からない世界だからね。

『三島御寮』プロジェクトについて

石川 せっかく茶室の話になったので、そろそろ3つめのテーマである『三島御寮』について伺いたいと思うのですが。この三島御寮もまた太田さんらしい壮大なスケールの構想計画ですよね。まずは「三島御寮プロジェクトとは何か」というところから簡単に説明していただけますか?

太田 三島御寮は「茶の湯」を核として造営される広大なフィールドで、静岡県三島市に造営を予定している。日本が世界に誇る木造技術によって本格的な木造建築群が建てられ、日本文化を次代に伝える場所として、永く未来にわたって進化し続ける施設として構想したものなんだ。

石川 パンフレットに掲載されている施設計画の全体像も壮観です。

太田 これは2013年の4月に構想したものだから、現在進行形で変わっている部分もあるんだけどね。でも基本的な構想はほぼこのままかな。「茶の舞台」と呼ばれるステージが奥にあって、さらに建築様式の異なる3種類の広間席、3つの小間席、そして新様式の茶室「Sの席」が設けられている。

石川 建物に囲まれるようにして石張りの広場と石舞台、そして池のある庭園も設けられるんですね。

太田 石舞台では能狂言などの伝統芸能を上演したり、各種ライブのステージとしても活用できればと考えている。庭園も書院造や茶室建築にふさわしい作庭を心がけたいね。

石川 日本における茶室様式が勢ぞろいしている感があります。

太田 そうだね。茶道というとパッと千利休を思い浮かべる人が多いと思うんだけど、そこに至る流れは室町時代の書院の茶から端を発しているんだよ。室町幕府の将軍、足利義教・義政父子に同朋衆(どうぼうしゅう)として仕えた能阿弥が考案したものが茶の原点。これが茶祖・村田珠光によって能や連歌、禅の影響を受けた草庵の茶、すなわちわび茶の精神へと深化し、やがて安土桃山時代に境の町衆だった千利休によって大成されるわけだ。

石川 そういった流れがあるんですね。

太田 足利義政が隠棲した慈照寺(銀閣寺)東求堂にある「同仁斎」が書院造のはじまりであり、茶室の原型だと言われている。書院の茶はやがて草庵の茶となり、そこで生まれたわび茶の精神が利休によって完成される。利休作と伝えられる妙喜庵「待庵(たいあん)」が小間席の源流だ。

石川 なるほど、茶の湯のスタイルと茶室建築は連動しているわけですね。

太田 書院の茶からはじまり、草庵の茶、そして利休の茶と大名茶、さらに明治に入ってから益田孝、原三渓、松永耳庵ら近代数寄者による茶の湯が流行する。いま俺がつくろうとしてるのは、その次の茶なんだ。

石川 第5の茶室ですね。

太田 そう。書院の茶室、草庵の茶室、利休の茶室、近代の茶室。これら4つの歴史と意味を踏まえて、新たに考案した茶席。それが私の「Sの席」という新様式さ。

石川 茶室のフォルムからして斬新ですよね。これは円形なんですか?

太田 いや、円形じゃない。渦になってる。客はこのらせんをめぐって席に到達するんだよ。

石川 この形にはどういう意味があるのでしょうか?

太田 「Sの席」のSは、「Spiral」のSであり「Space」のSでもある。自然や生命の進化と循環を体現したスパイラル=渦であると同時に、スペース=宇宙そのものを内包した形なんだよ。

石川 そんな意味が込められていたんですね。

太田 これはね、自分で言うのもなんだけど、これまで誰も考えたことのない茶室だと思う。「Sの席」は、茶という儀礼儀式に対する私なりの解答でもあるんだ。だからこそ、平成の茶室として歴史に残るようなものをつくりたいと意気込んでいるんだけどね。

石川 「Sの席」でお茶をいただくのが今から楽しみです。

太田 三島御寮のなかでいちばんの核となるのが「茶の舞台」さ。茶のステージとも呼んでいるけど、茶の湯にだけ特化した能舞台のような場所なんだ。家元を招いてここでお茶を点ててもらって、それを500人くらいの観客が客席から見ている。そんなビジョンから出発してるんだ。ここの構造図をいま描いてるんだけど、これがまた面白いんだよ。

石川 太田さんはなぜ『三島御寮』という一大プロジェクトを思いついたのですか?

太田 この構想の大元には「先人がつくってきた日本の姿と形を再現するベストな方法が三島御寮である」という考え方があるんだ。再現できるということは、伝達できるということだからね。

石川 それは日本文化の継承ということですか?

太田 そう。「Sの席」や「茶の舞台」が私なりの儀礼儀式だとしたら、『三島御寮』は日本文化そのものを体現するものかもしれない。さらに付け加えると現在進行形ってことだよな。構想したプロジェクトを実現するために働きかけることで、官公庁から企業、個人まで、いろんな領域で波紋を投げかけることができる。『三島御寮』を図面化したものやイメージスケッチ集を全国に配布したり、建築相聞歌のような企画をSNSで展開するアイデアもある。興味を持ってくれた自治体や、本格的な木造建築を手がけたいと考えている団体があれば、われれの知恵やネットワークを共有することもできる。

石川 なるほど。プロジェクト全体の進捗はいかがですか?

太田 資金調達に向けた動きと、具体的な設計作業が同時進行してるね。具体的な設計図書を作成して、それに基づいて必要となる木材を一本一本シミュレーションしていく。これを木材建築では「木拾い」って言うんだけど、材質や寸法も細かく出してトータルで積算しているところなんだ。

石川 かなり本格的に動いてますね。

太田 これがまた不思議なもんでさ、俺があらためてこのプロジェクトに正面から向き合うようになると、「動いてもいいよ」っていう流れが生まれてくるんだよ。動くときには動くんだ。モノにだってプランにだって魂があるからな。そうなったらもう寝食を忘れて取り組むだけだ。木造建築に携わってるとね、そのあたりの感覚が磨かれるんだよ。

石川 タイミングが大事なんですね。

太田 木という素材は「待ったなし」だから。時間が経つにつれて乾燥や曲がりが出て変形しちゃうだろ? だからベストな状態を見計らって、ここぞというタイミングで使ってあげないといけない。木造建築というのはあらかじめ時間も組み込んで進めなくちゃいけないんだ。しかも、土台ができたら柱を立てる、柱が立ったら梁を渡す、といったように、いったん始まったら止められない。木はこっちの都合なんてお構いなし。待ってくれないからね。手がけるときは徹底的に、しかも連続して取り組んでいく。そういう姿勢をこちらに促してくる材料でもあるんだ、木材ってのは。

石川 仕事論としても勉強になります。

太田 人間ってね、憧れとか好奇心とかね、未知数のものとかね、そういうものってすごいね、想像力をかきたてるんだよ。で、想像力をかきたてると何が出てくるかっていうと、ドーパミンが出てくるわけだ、脳医学的に。だから、なんかのプランをつくるときも、想像力がかきたてられるような状態に自分を追い込めるような仕事にするってことさ。これすごい大事なことなんだよ。

石川 照明もご自分でデザインされるんですよね。

太田 ちょうど一昨日も東京のヤマギワ本社に出向いて照明スタンドの打ち合わせをしてきたんだけど、これもかなり画期的なプロダクトになると思うよ。俺はね、建築プランを考えるのと同時に照明の開発もスタートさせるんだ。その空間にいちばんふさわしいあかりをデザインすることから始める。

石川 そのスタイルは昔からですか?

太田 きっかけになったのは「禅のあかり」だね。これもやはりヤマギワと共同開発した「日本のあかりシリーズ」のラインナップのひとつなんだけど、「座禅のあかりは、明るすぎず、暗すぎず、目に障らず」という老師の言葉をたよりに試行錯誤を重ねてようやく誕生した和の照明器具です。

石川 太田さんも実際に座禅を組まれたとか。

太田 そう。俺だけじゃなくスタッフみんなで何度も座禅を組んで、人間の精神を安寧に導くあかりとは何か、それを探求していった。そして最終的にたどり着いたのが、日本の空間が本来持っていたはずの「陰影礼讃」という、闇のゆたかさの発見だったんだ。だから「禅のあかり」はフィラメントを使っていて、それを東京の下町の職人たちが手づくりした厚みのあるガラスで覆っている。そうすることで、和の空間にふさわしいやわらかな光が生まれた。

石川 照明を闇から捉え直す、という視点に感動しました。

太田 おかげさまでこの「禅のあかり」は、1998年度に北米照明学会の国際デザイン賞をいただいた。この受賞はとりわけ嬉しかったね。開発にまつわるエピソードも含めて、もっとも思い入れの強いプロダクトのひとつだね。

石川 「日本のあかり」シリーズは、大阪のアベノハルカスでも採用されたらしいですね。

太田 嬉しいねえ、ロイヤリティがたんまり入ってくるといいけどな(笑)でもね、残念ながら「禅のあかり」のような光は、日本の住環境からどんどん失われていってる。今の住宅はどこにも暗がりがないでしょ? 隅々までLEDでバッチリ照らしちゃうから。そうすると子どもがひとりで泣く場所がないんだよ。昔だったら押し入れとか納戸みたいな暗がりがあったから、そこに隠れて泣くことができた。そういう場所がまったく無くなっちゃうと、それはそれでいろんな問題が起きてくると思うよ。なぜならば闇やや翳りっていうのは、人間が持っている本質的なものだから。

自らの拠って立つものを

太田 唐突かもしれないけど、ここのところずっと考えていることについて話そうか。

石川 はい。ぜひ。

太田 じつはね、グーグルのことなんだよ。

石川 グーグルですか?

太田 あのね、いまグーグルが「神の最大の敵」「神殺しの犯人」なんて言われてるのは知ってるよな? そのことにちょっと関係がある。

石川 日本だけでなく、世界的にも宗教を持たない人が増えているという指摘ですよね。その原因のひとつがグーグルなんじゃないかという。

太田 そう。新興宗教はもとより既存宗教でも信者の数がかつてないほど激減している。その最大の原因が何かというとスマホなんだよね。どうしてか分かる? これはね、人がなぜ宗教に頼るのか、なぜ入信するのかを考えれば簡単に分かるんだよ。なんだと思う?

石川 そうですね…人が生きていくうえで、何かこう芯になるものを与えてくれるとか…。

太田 まあ、そういうことなんだけど。よく言われることだけど、世の中が混乱すればするほど、宗教が求められるようになるんだよ。鎌倉時代になぜあれほど激しい仏教変革が起きたかというと、やっぱり時代背景がある。「末法の世」と呼ばれた平安時代末期からの混乱によって、次々と新しい宗教が勃興したわけさ。

石川 宗教と乱世は、ある意味でセットなんですね。

太田 世の中が物騒になる。世情が不安定になる。食べることも寝ることもおぼつかなくなる。この2つができなくなるとね、人間っていうのは悩みが深くなるんだ。だって、生きてるだけでも悩みの種だなんて言うんだから。お釈迦様だって「生老病死はすべて苦しみだ」って言ってる。その通りだよ。生きてる人間はみんな平等に苦しみを持っているわけだ。お金があったり無かったり、病に苦しんでいたり健康だったり、みんなそれぞれ違うけれども、生きていること自体が苦しみなんだと。そうするとね、それを解決する方法を人間は探しはじめるんだよ。そして、悩みを解決するのにもっともふさわしいのが宗教なんだ。人は、自分の苦しみを解決してくれるものを信仰する。ここまではいいよな?

石川 はい。

太田 にも関わらず、なぜ現代において宗教を信じる人が減っているのか。ここでグーグルが出てくるんだ。つまり、その人の悩みとでも、人生におけるけっして軽くない問題でも、さっと検索できちゃうんだよな。

石川 ああ…。

太田 検索したり、掲示板に投稿するだけで、すぐにベストアンサーみたいなのが出てくる。それで解決したような気になる。そうなったらもう宗教に頼る必要がないんだよ。逆に言うと宗教じゃないとできないことが無くなっちゃった。ようはグーグルとスティーブ・ジョブズのせいだな(笑)

石川 たしかにそういう面もあるかもしれませんね(笑)

太田 で、そういう時代に『三島御寮』を世に問うことの意味について考えざるをえなくなるわけだ。たしかに時代は変わっていく。流行りの人工知能だってそうだよ。人間には好奇心と探求心が備わっているから、囲碁だとか自動車だとか、はては宇宙探査にまで、どんどんAIの領域を拡張していく。それは止めようがない。そういう時代に、『三島御寮』のような古えから受け継がれてきた儀礼儀式を再現する場所をつくるという乖離がある。文明の利器によって変わっていくものと、人のいとなみにある根源的なもの。まったく関係のないもののように見えるけど、この2つはどこかで会っておかねばならない。現代との邂逅がないと、儀礼儀式は古代の遺物になってしまう。だからこそ、そのデザインをどうすればいいのか、それをずっと考えているんだ。

石川  先日読んだ本の中に「ITやAIの進化によって人間ができることが代替されていくのは不可避なんだけれど、それには意味があるはずで、それは人間にしかできないことって何なのかを考えるチャンスになるはずだ」みたいなことが書いてあって。たしかにAIの台頭は脅威かもしれないけど、一方では人間にとって何らかの良いきっかけになるんじゃないかとも思うんですよね。

太田 うん、俺もそう思ってんだよ。

石川 そうすると、『三島御寮』で太田さんがしようとしていることも、どこかでITやAIに近接したり、交わったりしそうだな、という気もするんです。

太田 ここんとこ俺がぼんやり考えてたのも、たぶんそういうことだ。結局のところ、知能や能力のようなものはいずれAIに超えられてしまう。でも、それによって人間の仕事が奪われるんじゃなくて、人間にしかできないことがあるってことを浮き彫りにする。そんな視点もあるはずなんだ。だからこそ『三島御寮』は、現代をそのまま反映するのではなく、それこそ縄文時代から続く「いま」をつくらなければならない。そう考えるに至ったわけだ。

石川 まさにその通りだと思います。

太田 どんな世の中になろうとも、人間がこの世に生を受けて生きている以上は、人の根幹は変わらない。変わらないんだよ。生まれることも苦しみ。老いることも苦しみ。病気になることも苦しみ。死ぬのも苦しみ。この生老病死(しょうろうびょうし)こそ不変の真理なんだ。そこで、宗教に替わってグーグルや集合知が人の悩みを解決できるのか? 本当に人々を救えているのか? これはかなり怪しいと俺は考えてる。

石川 なぜですか?

太田 たとえばそうだな…。あなたが不倫してるとしよう。あんまりいい喩えじゃないけど、まあ我慢して聞いてね(笑)

石川 はい(笑)

太田 いろいろ煮詰まってきて、悩んだ末にネットの掲示板なんかに相談してみる。そうすると、いろんな意見や解決方法がだーっと寄せられるわけだ。その中から、そのときの気分に近いものだったり、自分が言ってほしかったりした解答をベストアンサーに選ぶ。でもね、それって根本的には解決してないんだよ。

石川 そうでしょうね。モヤモヤは残ると思います。

太田 それはどういうことか。ようはね、情報があることによって、苦しみが増えるってことさ。より深くなるんだ、苦しみが。だから見てごらんよ。今いたるところでそれが起きてる。みんな情報にふりまわされて、わけが分かんなくなっちゃってる。

石川 たしかに。インスタントに得られる解答は増えたけど、悩みや混乱は逆に深くなってるような…。

太田 人間というのは情報が多ければ多いほど悩む。いくらベストアンサーを提示されても、悩みそのものは解消されないからね。いくら検索したってネットの中に解答なんてあるはずがない。解答ってのは安心感のことだからね。検索すればするだけ人は安心できなくなるんだ。

石川 うーん、僕たちはどうしていけばいいんでしょうね?

太田 簡単なことだよ。生きてる人間の根幹を見つめてごらん。根っこの部分は変わらないんだ。なんだと思う?

石川 それは…つまるところ、起きて・食べて・寝て、をくり返して日々を営んでいく…。

太田 その通り。ものを食べて、うんこして、やりたいことをやる。どんな時代になっても生き物としての人間がすることはたいして変わらないわけだ。運動しなけりゃ劣化していくし、歳とともに衰えていく。進化も何もない。でも、この原点こそが重要なんだよ。こんな単純なことをみんな忘れちゃうんだ。だから心配したり悩んでばっかりいるんだよ。

石川 人間の変わらない部分、生き物としての根幹を見つめ直すということですね。

太田 人間はね、朝がくれば目を覚ますし、いろんな活動して飯を食って、眠くなったら寝るんだ。人生なんてその繰り返しだろ? いいことがあっても辛いことがあっても、我々は新しくやってきた一日を生きる。「日々是好日」(にちにちこれこうじつ)だよ。もはや禅の世界だ。でもね、そういった何でもない営みが人間のベースなんだって気がつくと、いろいろと見えてくるんだよ。

石川 楽になる部分もありますね。しょせんは人間なんだからっていう。気持ちの中に余裕が生まれるというか。

太田 そうだろ? そうやって受けとめられるようになると、自分がどうやって生きていけばいいのか、次第に見えてくるんだよ。いちばん最初にも言ったけど、人間にとってもっとも大事なのは「自分を知ること」なんだ。簡単に言うと。それを一生かかって追い求める。自分を知ることで、進むべき道や生き方が変わっていく。だからこそ、みんなそれに邁進するんだ。

石川 自分が取り組むべき仕事、という意味あいにおいても関わってきますね。

太田 建築だとかデザインだとか、ものづくりに携わる生業ってのは、自らの拠って立つものをつくっていく作業なんだ。根本にはそれがある。自分で自分を設計できないとダメなんだよ。俺も長いことこの仕事をしてきて納得したことだから、これは間違いないことだと思う。

石川 はい。心に刻みます。

太田 明日や明後日、あるいは1年後とか10年後に何が起きても、本質的なところは変わらない。それが分かっていると、人生の方向とか在り方が変わってくる。さらに仕事について語るとね、人間にとって憧れとか好奇心ってもっとも強い原動力になるんだ。未知数のものって想像力をかきたてるんだよ。だから、何かのプランを立てるときも、想像力がかきたてられるような状態に自分を追い込めるような仕事にしないといけないってことさ。これはすごく大事なことなんだよ。あらゆることで言えるかもしれない。

手に得て心に応ず

太田 儀礼儀式がなんで続いてるかっていう本題に戻ると、結局こういう三島御寮もそうなんだけど、儀礼儀式をどうやって結晶度の高いものにしてくかってのがベースなんだよね。このプランのいちばんの大本は儀礼儀式だから、茶の湯という。

石川 日本文化を総合的に伝えるものとして茶の湯を核に置いているんですね。

太田 私が考える日本文化の巨大な塊は3つある。まず古神道。これは後代の神社神道とは違って、石であったり、木であったり、先祖と自然崇拝が原点になっている。生き物としてのルーツをあがめる仕組みだね。

石川 いわゆる原始宗教に分類されるものですね。

太田 そう。それから日本仏教。日本における仏教は美術・芸術の源泉だと言われるだけあって、仏教的な世界観は日本文化を網羅している。ただし、これはインドや中国の仏教とはかなり異にしている。ふだん我々がふれている日本仏教というものは、お釈迦様が説いたものとは大きく変わっているんだ。
石川 どういうことでしょうか?

太田 お釈迦様が説いた輪廻転生っていう考え方があるよね。迷いから解脱できない人間は、天・人・修羅・畜生・餓鬼・地獄の六道に輪廻するってやつだ。ヒンドゥー教の根幹にも輪廻(サンサーラ)という死生観がある。俺も以前、おふくろが亡くなったときにインドに行って、ガンジス川で灯籠流しをしたことがあるだけどね。天に登って、雨となって、地上に降って、そして再生する。それが輪廻転生だよ。

石川 はい。

太田 ところが日本では、臨終のときに南無阿弥陀仏と唱えれば、阿弥陀如来がおりてきて極楽浄土へ連れていってくれる。そして極楽浄土へ行って往生する。往生っていうことはね、菩薩道で修行をしたらまた帰ってくるということだよ、どんな人間でも。「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」って、悪人でもだよ。お釈迦様が説いた根本とはずいぶん違っちゃってるわけだ。これは日本にしかない。お釈迦様が今の日本にあらわれたら、目を丸くして文句言うと思うよ、きっと(笑)。

石川 そうかもしれませんね(笑)。

太田 日本人ってのは、最初に話した漢字のように文字だろうが宗教だろうが、なんでも自分たち向けに消化しちゃうんだな。新しくつくり換えちゃう。それが日本仏教。

石川 理解しました。

太田 そして皇室だよね。天皇家というものは日本文化の根底をなしているから。それを抜きにして日本文化を語ることはできない。それだけ巨大なものを持っているわけ。この3つが日本文化を為す3つの塊だと俺は考えている。そして、これら3つを網羅して表現できるのが茶の湯なんだよ。この小さな空間の中に、古代神道から日本仏教から美術工芸品に至るまで、日本文化のあらゆるものが詰まっている。

石川 なるほど。日本文化のパッケージみたいなものなんですね。

太田 それとともに、さっきも言ったように、情報があればあるほど人間は迷う。なぜかというと、人間は生きてることそのものが苦しみであるという深い悩みを抱えた存在だから。けれども、たとえば茶室で人と相対することで、ふっと解決できるものもあるんだ。根本的には救えないけれど、楽になったりリセットすることはできる。茶道って儀礼儀式のひとつの結晶だからね。そのくらいの力はあるわけ。だから国賓が来たらお茶でもてなすとかさ、あれはたんにポーズじゃなくて、本来的な意味があるんだよ。

石川 自らと向きあうだけじゃなく、他者とも分かち合うことで生まれるものがあると。

太田 だからね、儀礼儀式がなんで続いてるかっていう本題に戻ると、結局こういう三島御寮もそうなんだけど、儀礼儀式をどうやって結晶度の高いものにしてくかってのがベースなんだよね。繰り返しになるけれど、このプランのいちばんの大本は茶の湯という儀礼儀式なんだ。それをね、渉にも一緒につくってもらいたいと思ってるんだ。

石川 はい。

太田 荘子の言葉に「手に得て心に応ず」というのがある。ものづくりというものは、手で覚えて心で会得するものだということだよね。知識として仕入れたり、想像するだけじゃダメなんだ。直接触れて、体験してみないと分からない。さっきスマホについて色々言ったけど、スティーブ・ジョブズが若い頃から禅に傾倒していたのはよく知られているよね。彼がふれた禅の世界にも「冷暖自知」という言葉がある。水が冷たいのかあったかいのかなんて飲めば分かる。ようは、何事でも自分で触れたり、体験して身体で感じたことで物事を判断してみなさいってことだよ。俺はこの「冷暖自知」と「手に得て心に応ず」をつねに心がけるようにしてる。

石川 自証自悟の心得ですね。

太田 そう。以前、製材の現場を見学していたとき、大工がカンナで削った材木を見て「おお、これはいいな!」なんて喜んでたんだ。でも大工の棟梁に「先生、それじゃダメだ。まだ甘い」ってたしなめられた。大工がいちばん怖いのは目が不自由な人だって言うわけ。よく見た目っていうけど、人の目は簡単に誤魔化されちゃうから。だから、目を閉じて材木を触る人がじつはいちばん怖い。

石川 さっきのネット検索とも通底するお話かもしれません。

太田 見て分かった気になる。これがいちばん危ない。それを言われたときはじめて、手や身体、自分の五感を総動員しないと物事を本当に理解することはできないんだって俺は気がついた。それでね、これを体験することができるのもまた茶の湯なんだ。今日この中にちょっと身を置いただけで、いろんな質問が出たでしょ? 写真もたくさん撮ったけど、後からそれを見直すとき、他人が撮った茶室の写真とは感じ方が違うはずだよ。なぜならこの場の空気も一緒に撮ってるわけだから。説得力というのはそういうことです。

石川 たしかに、実際にこの場でお話を聞いたことで受け取り方も変わっていると思います。

太田 だからね、あなたが今の仕事を始めたと知ったときから、何をさておいても体験させなきゃと思って茶事にも招くようになった。これがね、若い連中は遠慮することが多いんだけど、あなただけは万難を排して来てくれる。

石川 参加するたびに得難い体験をさせていただいてると思います。

太田 そうだね。その都度、進化してると思うよ。茶の湯というのは人間の営みの、いちばん結晶度の高いものだから。

石川 ありがとうございます。今日は本当に長い時間、示唆に富んだ面白いお話をたっぷり聞かせていただきました。

太田 また今度、茶事をやるからおいでよ。

石川 はい。またお話を伺いに参ります。

(続く)

 

 

 

2020年1月2日

2019年12月25日
4畳半・「漆の席」

 

十数年前に4畳半大の茶席の模型を4体作りました。

席には2畳の水屋が付属していて実物大にすれば実際に茶席の機能を果たすことができます。

夫々の仕上は紙、漆、土壁風、木地で、本体は木製建具です。

この茶席は組み立て解体が容易で、宅配便で送ることができる構造になっています。

来年は実物を作り、各所で使える準備をしたいと考えています。

 

現在進行形の「三島御寮」造営計画の中核をなす基本形は「4畳半」です。
何故かというと、4畳半を4つ集めると18畳になります。
室町時代に18畳の間を4つで囲い、そこで茶礼をしたといいますが、その囲いが茶席4畳半の原型になったものです。

18畳(3間×3間)は日本間の原型として能舞台や蹴鞠、地鎮祭などの空間を区切る、日本人の空間となっていますが、これは木造建築における最も大きな空間といえます。つまり、これ以上大きくなると材料を含め、造営が大変になるということになります。
やがて、茶室が4畳半を基準として3畳や2畳、そして台目畳や中板、半板などを発明して今日に至っています。

私は縁ある人に茶室を拝見する際は、4畳半を基準にしてどの様な席なのか見てみるといい、と伝えています。

また今更のように京畳を発明し、4畳半を基準とし、幾多の茶室を造り出した先人に敬服しています。
そして、この空間に日本の文化が凝縮していることを感じます。
そしてまた、自分が日本の文化圏で生活し、日本人でいることも・・・。

 

さて、この茶席を作ってくれる若き木製建具職人はどこにいるかな、と。

 

写真:4畳半台目向切風炉先床「漆の席」(それにしても巨大な茶碗だなぁ)

 

 

2019年12月25日

2019年12月3日
魅力あるスケッチの先に

美術館などで絵画を鑑賞するとき、たまに画家の簡素なスケッチが合わせて展示されていることがあります。クロッキー帳の隅っこや、紙ナプキンに急いで描かれたものなど、何気ない日常の一コマのスケッチだったりするわけですが、完成品の絵画よりもそちらの方が見ていてワクワクすることがあります。
単に、線のタッチや構図などが気に入る場合も多いのですが、それらを通して、画家の視点や感性を垣間見られることに面白みを感じます。
何より素朴でシンプルなスケッチは、見る人の想像力をかきたててくれます。

建築のプランでも同じことが言えそうです。
どんな建物でも、図面という完成品に至るまでは、たくさんのスケッチが描かれます。
建築のプランニングの場合、スケッチというよりエスキースという概念の方がしっくりくるかもしれません。
魅力あるスケッチやエスキースは、様々な情景を生み出します。
そして、それは魅力ある建築にと繋がっていきます。

 

三島御寮のパンフレットに描かれている施設計画の全体像と立面のスケッチを見たとき、たったこれだけの情報なのに、「あ、景色が見えた・・・・・・。」と感じました。

エントランスホールから眺める広場
池の向こうに佇む書院棟屋根の美しさ
小間席までの露地のアプローチ
展望室から見る三島の町と富士山
茶の舞台で繰り広げられる儀式・儀礼の数々
書院棟、数寄屋棟と小間席が連なる圧巻の茶会
Sの茶室の未知なる感覚・・・

ここに至るまで、どれほど膨大で魅惑的なスケッチがなされたのでしょうか。
そんな思いを馳せずにはいられません。
まだまだ見えぬ景色が、時間の積み重ねとともに増えていく。
三島御寮にはそんな期待が湧いてきます。

 

望月美幸(建築家・JIA会員)

 

 

2019年12月3日

2019年11月23日
欲望

「こんな虚構を実現させるのは技術ではなく欲望だ」
(「建築相聞歌」太田新之介著より)

設計に携わる者で、この言葉を聞いて何も思わない人はいないでしょう。
「うん、その通り!」と昂然たる態度でいう人もいれば、
「そうなんだけど、なかなかねえ・・・・・・」と歯切れ悪く言う人もいるでしょう。

個人的な考えを言わせていただくなら、「欲望」は建築家の才能としてなくてはならないものだと思います。
正確に言えば、この「欲望」を持ち続けられることでしょうか。
情熱よりももっと強く身体の内側から欲するもの、それなしでは生きていけないぐらいの厄介な感情。
もしかしたら、「持ち続けられる」という発想自体が矛盾するかもしれませんね。
意思とはある種無関係で、人が本能として欲するものが「欲望」なのですから。

 

白状しますと、自分自身に欠けているのがここなのです。
これまで様々な建築家に出会い話をする機会がありました。
そのたびに、相手と自分の熱量の差に驚き、落胆し、劣等感に苛まれてきました。
時には、「私は建築バカにはなりたくないから」「私はこうしたいけど施主の要望がこうだから」「予算がないから仕方ない」という多くの言い訳で、自分を守ってきました。

思えばここ数か月間、個人的な理由で設計の仕事から離れていましたが、寂しく思うよりほっとした気持ちが強かったのは、そんな言い訳だらけの自分に半分嫌気がさしていたからかもしれません。

今の自分はどうかと問いかけたとき、「欲望」といえるものがあるか正直分かりません。
しかし、「三島御寮計画」に改めて触れて、自分が変わりたいと切に思いました。
心の奥底にくすぶり続けている火種ができたことは確かのような気がします。

何といっても三島御寮造営は、一建築家の「とてつもない欲望」の上に成り立つ建築なのですから・・・・・・。

望月美幸(建築家・JIA会員)

 

 

2019年11月23日

2019年11月6日
現代はいつから

日頃、「現代では~」「現代人は~」と耳にするたびに、現代っていつからだろう?という漠然とした疑問がありました。
歴史学上の定義は別として、感覚的には戦後からを現代と捉えることが多いように思います。

しかし、自身の過去を振り返ってみても、中学生の時の「現代」(80年代初め)、社会人なりたての頃の「現代」(90年代初め)、放浪していた頃の「現代」(21世紀初め)、そして今令和元年(2019年)で言う「現代」・・・・・・と、この40年あまりの時間でさえ、同時代としては語れないほどの変節や転換期があるのは明らかです。
戦後からひとくくりに「現代」とすること自体、かなり無理がありますよね。

 

三島御寮は、まさしく「現代」の茶の湯施設となります。
縄文時代から受継ぐ過去の様式美を踏襲しながら、これから三百年は続くことが可能な建築を作るというのですから、現代・近代を飛び越し、今この時代も超越していく、そんな壮大な時間スケールの建築になります。
歴史上切り取られた一時的な「現代」に収まることのない、その雄大な時間軸を考えますと思わず身震いします。
そこに携わる者は、長い歴史の中では自分たちは点に過ぎないという謙虚な意識と、この時代に誰かがやらねばという強い使命感の両方を持ち合わせてなければ、と思う次第です。

 

望月美幸(建築家・JIA会員)

 

 

2019年11月6日

2019年10月21日
木の建築

三島御寮は、本物の木の建築を目指します。

よくよく考えてみると、「本物の木の建築」とは何と怖い言葉なのでしょうか。
「木の建築」についてだけでも、何をもって木の建築というのか、という話から議論は尽きません。
例えば、木造建築や木構造ときくと、主要構造部を木造とするなど技術的な定義で説明できそうです。

しかし、「木の建築」となると、構造的な技術や言葉の定義では収まらない何かを感じます。
そこには、木という素材の持つイメージ、そこから連想される大地や自然、そして何より私たち日本人に脈々と受け継がれてきた木に対する信仰など、日本文化の背景まで思いが及ぶからでないでしょうか。

 

ここに、畏れ多い怖さがあると思うのです。

その頭に、「本物の」が付くわけですから、重みは計り知れません・・・・・・。

さて、世の中は木の建築ブームのようです。
建築雑誌を見ても、木を大胆に使用しているデザインが表紙を飾ることが多々あります。

その背景には、構造技術や防火技術によって、中大規模の木造建築が実現可能になってきたことや、地球環境問題を視点とした国産木材使用の施策などが挙げられるでしょうか。

木の建築といわれている建物の中には、表層的に使用されているものも多く、何でもかんでも木を使えばいいってもんじゃないよ、と思わないでもありません。
が、世の中の動きは、そこに真剣に異を唱えるよりも、どんな形でも木をじゃんじゃん使うべきだという歓迎ムードの方が多い気がします。

どんな使われ方にせよ、日本では木を使用することは善になるのだな~、とぼんやり考えます。
なるほど、だからこそ三島御寮では、あえて「本物の」という言葉が必要なのかもしれません。

 

三島御寮のプロジェクトに携わることは、木の建築を極めることに繋がっていくことだと考えています。そして、繋がっていくためには、相応の覚悟と勇気がいります。

知命の歳にして、未だ惑い、もがき続けておりますが、私の心を突き動かしているものは、「本物の木の建築とはなにか。これを突きつめたい。」という強い思いです。

 

望月美幸(建築家・JIA会員)

 

 

2019年10月21日