日本のすがた・かたち

2021年9月11日
一期無意味

この二ヵ月ほどで何人もの知己を亡くしました。

「人類皆兄弟」の名言がありますが、人の一生はそれこそ20人に満たない人たちとの縁で始終するといいます。人生は数少ない知り合いによって形成されているということです。

高齢になってみると今更のように人の出会いと別れが気になり、知り合いが次々といなくなると、ああ、これが歳をとることだと思わざるを得なくなります。

 

知己減少、気力体力減少、認知力減少、増えるのはシワと白髪と忘れ物と歳ばかり。つまり生きるエネルギーの減少が実相ということです。

生者必滅、会者定離、誰もがこの自然の真理から逃れることはできません。

歌の「川の流れのように」ではないですが、人は皆生まれてから川を下り、河口という死に向かう人生時間を費やす、それが人の一生ということになるといいますが、では、その一生(一期)という人生に意味はあるのか、と私は問いかけます。

「人生に意味無し」。これが私の人生の見方です。

 

「じゃ、人生に意味が無ければ、何もしなくてもいいのか?」、との自問もありましたが、回答は徹頭徹尾「人生無意味」でした。
産まれてから、飲んで、食べて、出して、寝て、動いて、泣いて笑って、息絶える。この自然の哲理に何の意味があるのか。萬人皆同じことで、生と死にさしたる意味はないではないかと。

先日、知人に書を所望されて、何れ個展の為にと思って書き溜めてあったものを整理しました。30枚ほどの中から出てきたのが「一期(人生)無意味」の一行物でした。5年前に書いたものですが、書に向かう時の心境を覚えていて、一気にこの言葉と出会った40余年前が甦りました。曹洞宗師家の太田洞水老師に座禅指導を受けていた時、老師に「而今(にこん)」と共に頂いた禅語でした。

時間の観念は現在、過去、未来の他にもうひとつあります。今、今、今という刻々に移ろう時間です。
只ひたすら刻々の時を生きて行くようにすると良いですよ…。人生には意味というものはありませんから…。

老師は当時の私の苦悩を見抜き、「今を生きることだ、人生に意味は無いのだから」、といわれました。

今、書を前にして、本当に人生には意味というものはないなぁ、との感慨にふけっています。
意味のない人生も乙なものだな、とも…。

 

写真:一行「一期無意味」自書

2021年9月11日

2021年8月25日
独り遊び

2020年5月、フェイスブックは数万人に及ぶ従業員の在宅勤務を認め、世界のどこでも好きな場所を「自宅」に設定できると発表しました。
また、7月下旬にはグーグルが、2021年夏まで従業員の在宅を認めると発表し、その対象となるのは、全世界で実に20万人ほどになるといいます。

このような方針を打ち出さざるを得なくなったのは、新型コロナの爆発的感染の影響で、世界規模のテクノロジー企業に限った話ではなく、我々の仕事の有り様もこの二年で激変しました。私たちは、ウイルスが人間の生活を激変させている様を、嫌でも見る日々の中にいます。

仕事は会社で所定の時間に行い、教育は学校で行い、診療は病院で行い、会議は人が集まって行い、契約書には人が押印を行い、飲み会は皆でワイワイと…。
今、これらは過去のものとなり、コロナ禍の破壊力は徹底した職場至上主義の文化さえも有無をいわさず再考させ、先人が積み重ねてきた労働文化を根底から覆した感があります。

 

孤独を好む私は、建築設計の仕事の魅力は、「いつでも、どこでも、ひとりでも」という作業環境が心地よく、ポスト・コロナの時代になってもさほど影響を受けないのでは、と思っていましたが、コロナ禍に牽引されたこれからの建築労働環境は激変の足音を響かせるようになりました。建設価格の高騰です。

元来、建築物は現場一品製作で、完成までには大勢の人や時間、物や資金を要し、しかも人が建築現場に集まって造り、建てるという作業です。
そこで戦後から研究され現代の主流となってきたのがプレハブ化建築です。予め工場で組み立てられるように作っておき、現場での施工時間を短縮させるというものです。
現代建築の殆どがこのプレハブ工法で造られているといっても過言ではありません。しかもAI導入により、安全で経済的な建築が大量に供給できる時代となりました。
それで建設価格が下がったのか。
否です。

人類は産業革命以来人力を機械化することで得たものといえば、金と時間ですが、建築は人力から頭脳力に変われば変わるほど、永い時間に耐えるものを失い、大量の廃棄物を排出してきました。環境を含めたトータルで見れば建設価格は際限もなく上がって来た、それが目に見えてきたのが現代というわけです。

その現代という歴史の中にあって、私はというと、独り遊びの真っ最中です。

このところ茶の湯の道具の「茶杓」造りに勤しんでいます。
先日、仕事で出向いた長野県木曽町の柿板葺き会社で、箱根・強羅の茶室「山月庵」改修工事の屋根材の端材を頂き、それで茶杓を削り始めました。

(身近にある土や木、石を得て人力で造った建築が何百年ももっているのに…)

(さて、これは何時の茶事に使おうか。これは誰に進呈しようか。)などと、思いを巡らせながら、時の移ろいも気にせず、至福の時を得ています。

(そうだ! 抹茶はコロナの特効薬だ! さあ、これで一服点てよう…)

 

写真:銘「翁」自作
箱根 茶室「山月庵」御用材椹ニテ造ル

 

 

 

2021年8月25日

2021年7月29日
渦中に桃山想起

 

今、世界はコロナ禍中にあり、医療をはじめ、今までの通念では考えられない状況を迎えています。

その真っただ中の我が国ではオリンピックが開催中です。

競技が進むと開催中止を叫び、強行したと非難した人たちはいつの間にか静かになり、中止と選手を称えることとは違う、と訳の分からないことをいい始めました。そして日本人の金メタルには涙し、人類平和の祭典といっている姿をみるにつけ、人間押しなべて高邁な思想や理念で生きているのではなく、「自分ファースト」、つまり自己主張の塊が己の姿なのだ、と改めて思うこの頃です。始まったら気持ち良く応援すればいいのに…。

私といえば熱海の土石流以来、色々なことに遭遇し緊張の日々を送っています。この二ヶ月間で数人の訃報を聞き、数カ月の命といわれた友人もいて、人間の運命のやるせなさに身を任せる以外にないと思い定めているところです。

先日、高齢者の二度目のワクチン接種をしてきました。
始めて実感したのが、自分も後期高齢者だということでした。
何、このエネルギーがあれば年寄り扱いは無用だ!と思っていましたが、ワクチン接種会場を出る時。自分はバリバリの大年寄りだということを実感しました。
75歳まで生きていることが不思議なことだとも。

現在取り組んでいる設計の仕事は佳境に入り、過去にデザインし造ってきたものを踏み台にして、新たな領域へと挑戦しています。協働する建築家達は30代から80代までの20名ほどで、彼等との遣り取りは刺激的で。老骨に鞭打つ毎日といえます。
コロナの影響は大ですが、幸い性質は引きこもり症候群、適応障害風で、独りで机にへばりつくことに安心する日々ともいえます。

 

その渦中にあって不思議に脳裏をかすめるのは、桃山時代の茶の湯のです。中でも古田織部は別格で、日本のレオナルド・ダ・ヴィンチといわれ、創造性豊かで斬新な造形と意匠で、桃山ルネサンスをリードした武将でした。
織部が指導し創らせた「黒織部」、「織部黒」、「鳴海織部」などの沓茶碗は、それまでの常識を破り、破天荒な造形で、我が国の陶芸界に画期的な変化をもたらせました。

この数カ月、毎朝食後の抹茶一服はこれら桃山織部を取り替えながら使っています。収集は四十過ぎからですが、これら沓茶碗類は現在の私に限りない刺激を与え、芸術の永遠性を感じさせています。

蝉声合唱が始まりました。「さあ、今日もこの一服で…」。

 

 

2021年7月29日

2021年7月7日
人災土石流

7月3日、熱海市伊豆山で土石流が発生しました。

場所は日頃通っている場所で、知人も巻き込まれと聞き気を揉んでいましたが、2日後に無事ということが分かり安堵したところです。
現場では4日経った今日も捜索が続き、安否を願う方々の悲痛な姿の映像を見ると胸が痛みます。

 

気象など自然現象による災害は人間がこの地球上に棲んでいる限りなくなることはありません、が、ひとついえることは、自然形に反した人工的な形状変更には必ず人災という結果が付いて回るということです。

建築を創る仕事をしている自分は過去の失敗も踏まえ、このことを肝に銘じています。

現在取り組んでいる仕事も、地盤の変形を極力少なくする設計を目指し、構造設計家と連携を密にしているところです。
なるべく自然が造った地盤に手をつけないように…と。

 

2日は土砂降りの中、近くの川の増水を見て回りました。
何時もの散歩コースにある滝は恐ろしいほどの水量で、近寄ることもできず、只自然の猛威にひれ伏すばかりでした。

災害に遭うと、何事もなかったように人は逝きます。

老少不定、この世に命あるものの定めです。

「今ココ」を生きる、と改めて思う日々です。

救助にあたる方々に心から感謝しつつ、安否不明の方々が発見されることを願いつつ…。

 

 

 

2021年7月7日

2021年6月24日
KNOBさん

『ソーじいじのディジュリドゥ』

おおぉーん おぉーん

ディジュディジュリ

おぉーん おぉーん

ディジュディジュリ

ずっと遠くのお空から

ふしぎな音がおりてくる

 

おぉーん おぉーん

デデジュジュリ

おぉーん おぉーん

デデジュジュリ

地面の下のそこ深く

ふしぎな音がわいてくる

 

デデジュジュ デデジュジュ

ディデデデジュ

デデジュジュ デデジュジュ

ディデデデジュ

おぉーん おぉーん

ディデデデジュ

 

わたしは森の白うさぎ

春のはじめの夕やけに

ふしぎな音がはじまると

どこからともなく声がして

森のなかまが集まるの

そしてみんなできき入るの

 

タヌキやキツネの仲間たち

ちいさな池のお魚も

みんなでいっしょに目をとじる

なつかしそうにきいている

どこかできいた音のよう

どこかできいた声のよう

 

おサルとキツネが手をあげて

なんの音だかわからない

なにかがおきる合図かな

気持ちがいいけどわからない

だれかがどこかで音だして

お空をとんでるようだけど

 

ソーじいじにきくといい

ソーじいじならわかるから

きっと近くにいてくれる

みんなで大きな声だして

「ソーじいじー」、て呼んでみた

「ソーじいじー」、て呼んでみた

 

するとふしぎな音のなか

淡いお空のむこうから

風にふかれてとんできた

ソーじいじがとんできた

池のほとりのきりかぶの

上にふわりとまいおりた

 

ソーじいじは旅がすき

黒フクロウのおじいさん

みんなが呼ぶと飛んできて

いつもたのしいお話を

森のみんなにしてくれる

なんでも知ってるソーじいじ

 

そしていつでもソーという

だからみんながそう呼ぶの

ソー

ソーじいじは目をくるり

ふしぎな音のお話を

森のみんなにしてくれた

 

ソー

あれはむかしのそのむかし

ずっとむかしの音なんだ

みんなが生まれるずっと前

五万年くらいのむかしから

ずっときこえる音なんだ

 

おぉーん おぉーん

ディジュディジュリ

おぉーん おぉーん

デデジュジュリ

おぉーん おぉーん

ディジュディジュリ

 

へー

いまきこえる音がそうなんだ

ソー

おおむかしから その音が

みんなの耳にとどいてる

こころのおくにひびいてる

 

何の音なのこの音は

わたしとおサルが ききました

ソー

アボリジニのディジュリドゥ

アボリジニってなんのこと

ディジュリドゥってなんのこと

 

ソー

日本の南のその南

古いれきしの大陸の

オーストラリアという国の

先住民の人たちを

アボリジニっていうんだよ

 

先住民てなんのこと

ソー

おおむかしからその土地と

仲良くくらしていた人さ

へー

土地と仲良くしてたんだ

 

ソー

むかしの人は皆そうさ

自然のなかでくらしてた

土地といっしょに生きていた

土地のめぐみにかんしゃして

仲良くくらしていたんだよ

 

おぉーん おぉーん

ディジュディジュリ

おぉーん おぉーん

ディジュディジュリ

おぉーん おぉーん

デデジュジュリ

 

以上10頁分

本文全32頁

この童話は、友人デジュリドウ奏者のKNOB(ノブ)さんこと中村亘利さんのために書いたものです。

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『ソーじいじのわっしょい』(2009年・里文出版刊)の第一巻から「ソーじいじシリーズ」の第三巻目で、只今出版準備中です。

先日、ある行事の為に献奏をお願いすることになり、箱根で久し振りに会いました。全国で演奏活動をしていることは知っていましたが、会うと、2006年、重要文化財「奏楽堂」にてKNOB Live 「和の心にて候」を一緒に開催した頃と少しも変わらない雰囲気を湛えていました。長く芸術活動をしている人が保持している気が漂っていました。

パートナーの写真家・アキさんも一緒に、箱根強羅の名勝庭園「神仙郷」を巡り、祭場予定地の参拝を済ませ、楽しい会食の時を過ごしました。

今日はその祭事の企画・構成・演出の準備をしていました。

さあ、当日の儀式がどうなりますか、興味津々というところです。

 

 

写真:KNOB&アキさん(「神仙郷」庭園にて)
絵本『ソーじいじのわっしょい』(2009年・里文出版刊)

2021年6月24日

2021年5月30日
道連れ

陽気に誘われて久し振りの散歩。
運動不足も極まってくると老骨に鞭打つというような表現に近くなります。

川辺に寄ると何時もの如く、肥満気味な鯉が群れをなして来ます。


(今日エサは無いぞー、皆丸く太いなぁー)

去年の秋から随想1冊と3冊の小説を書いていました。
いずれも同時進行で、複数冊は久し振りです。
その随想以外の3冊は幻の書物で、文字原稿の代わりにスケッチや模型、図面、見積書として表現される建築の設計図書というものです。


(岩、何時もの翡翠はいないなぁー)

建築の設計は文学の領域でもあるとする私は、基本構想から基本設計までの組み立ては、一編の小説を書くのに酷似する作業としています。
主人公をはじめ登場人物を配し、企画から完成までのスケジュールを組み、ストーリーをすがた・かたち(ドラマ化)にできるよう、脚本、構成、演出をし、場合によっては出演も考えています。


(轟音が胸にせまる。「お前、今それでいいのか?」と…)

どうやら私の理想とする建築家は、小説家であり、企画、構成、演出を手がけ、尚且つ家具や照明器具、食器類などをデザインし、造形家、画家、書家などに変身しながら建築を造ることができる者ということになり、それを追いかけて46年、一言でいってしまえば「多重設計職人」の態です。


(まるで龍が昇ってゆく…)

小説は5月になってほぼ書き上がり、残る随想の『山月庵』は現在、最後の追込みに入っています。

建物の工事が始まる頃に全ての筋書きを終え、後は完成までストーリーをなぞり、今日のこの時から完成まで協同者たちと実践して行く…。これが私流の仕事のやり方となります。

コロナ禍中、大勢の人たちが関与する建築造営は粛々と進行しています。


(滝も上から観れば、おとなしいなぁー)

数カ月滞ったブログのアップも今日から復活です。
明後日は建築事務所満46年の創立記念日。

今日も願心を道連れに妄想をかきたてています。

 

 

 

 

2021年5月30日

2021年2月3日
草、木、土、石

縄文中期の集落遺跡は全国各地に点在しています。
そのいずれもが竪穴の掘立式というものといわれます。

竪穴式は地面から数十センチほどの円形に近い穴を掘った土床で、掘立とはその円形周囲に柱を立てるための穴を掘り、柱をそのまま土中にさす架構をいいます。縄文中期から弥生時代にかけて私たちの祖先が住むために造った建築の殆どはこの形式でした。

竪穴式は弥生時代に姿を消しましたが、この掘立式工法は驚くべきことに今日にまで継承され、しかも我が国の文化にとって重要な位置を占める代表的建築に「伊勢神宮」があります。それもまた20年毎に寸分狂いなく改築するという、世界に稀な木造宗教建築です。

飛鳥時代に大陸から伝わった仏教と共に寺院建築様式が伝えられました。
我が国では、既に高度な木造建築を造る木工技術があったため、大陸の新様式は瞬く間に吸収され、「和様」といわれる新建築様式を生みだしました。
これは漢字が輸入され、それを平仮名や片仮名に変容させた日本人の優れた特質のようです。

島国である日本人は海の彼方からやってくるものに憧れ、新しいものを得ると日本化という化学変化を起こし、優れて美しいものに変える資質を備えているようです。古来のものと新しいものとの融合がとても得意な民族といえます。

日本の建築の中に古くて新しい、新しくて伝統となっている日本独自の建築様式があります。「茶室」です。
私は茶事を催しながら、今まで「茶室」を創ってきましたが、幾多の建築の中でこれほど高度に人間の生活に密着し、継承され、洗練されてきた建築はないように思います。

ある時、縄文遺跡を巡っていてハタ、と気が付いたことがありました。
7000年も前の住いと、同じ材料で造られている、草、木、土、石を材料として造られている、世の精神と道具と職人技は変化しているが、草、木、土、石には変化はないではないか、と。

昨年、新たに木造建築の基礎的技術ともいえる「伝統建築工匠の技」が無形文化遺産に登録されました。
伝統建築工匠の技には、大工、左官、石工、屋根工、畳職、瓦職、経師職などが含まれ、何れも継承が難しい業種といわれています。
私は日本人が7000年前の縄文時代の建築を未だに造っていることを奇貨として、先人の求め、遺したところを見据え、命ある限りこれを縁ある人たちに伝えて行きたい、と念じているところです。

今、コロナ禍の世にあって、何れ人の手で周辺にある里山や森林や海川のものを得て、住まいを造る日が来るかもしれないと、独り空想しています。

「伝統」とは、古き物事に新しきものを重ねて行く行動です。

 

 

2021年2月3日

2021年1月22日
自問答

「食べるために生きています。それが人間の本来の姿です。」

禅僧はそう言って私の眼の奥を見た。

「人間は生きるために食べるのだと思っていましたが…」、と言って言葉を飲み込んだ。

「何のために、という見方の違いは鶏が先か卵が先かの問答と同じようですが、命を繋いで行くという観点からすると、先ず食べるために生きることが本来です」

「それは目的が違うということですか?」

「生きるため、というのには生きて何かをするという行動が伴いますが、食べるため、というのにはただ命を繋ぐという、目的ではなく本能の働きというものです。そこには理屈は要りません。例えていうなら、赤子が母親の乳を飲む姿で分かります。ただ乳を飲むためだけに生きている姿です」

「赤子も生きるために乳を求めているように思いますが…」

 

私は続けて「確かに、私は食うために生きていると思うことがあります。先ずは食べ物を得るために働いているわけですから…」

「人間は食べ物を得るためにどうしていますか?」

「働きます」

「どうして働くのですか?」

「お金を得て、先ずは食べ物を得ます。それから物を得るために…」

「食べるために生きているようですね」

 

これは40年も前の問答でした。

その後阪神大震災、東日本大震災がありました。その折には日頃当たり前のことが如何に大事なことだったか思い知らされたものでした。有事になると人間は本来の姿に戻ることを教えられます。

その度に私の裡で「食うことか、生きることか」の自問答が続き、それが今日に至っています。

「設計をするために食べる?それは違うだろ」

「食べるために設計をする?これが本来の姿ではないのか」

 

現在、新型コロナの影響で日常だった生活が滞り、新たな生活の構築を余儀なくされています。これは良いも悪いもない現実のこと故、先ずは「食べるために生きる」ことにし、出来ることを出来る限り実行して行くことだと、今、自分に言い聞かせています。

 

私は「食べるために生きている」。

「飲食(おんじょく)に節あり」、を胸に仕舞いつつ…。

       禅僧と 食の問答 餅を食う

 

 

 

2021年1月22日

2021年1月8日
散歩・Bコース

 

このところの寒さもあり、中々仕事場から抜け出せず、運動不足が続いていました。

今朝は思い切って散歩のBコースへ。近くの公園の先にある滝を観るコースです。
富士の峰は例年になく雪がなく、一か月ほど雨は降らず、さぞかし滝の水は細っているのでは、と思いながら人影のない道を進むと、地響きが…。

 

虹を従え激しく踊り狂わんばかりの「鮎止めの滝」が出現しました。
轟音の中、暫し佇み、飛沫を浴びていました。まるで別天地の様相でした。

 

帰り道、(やはり、人間が感動するのは人工のものではなく自然の景観だなぁ…)。そう思いながら今取り組んでいる設計に思いを馳せました。

(建築が人間に感動をもたらすもの、これを設計するのが己の務めではないのか…。人の手でできることを目指すことは僅かだが…)

轟音を残しながら、ものの30分の散歩でした。

 

今年から後期高齢者の仲間入りとなりました。

そうなるまで高齢者という自覚はなく、何となく身体の動きの悪さ故に、歳を重ねた自分を感じていたものですが、やはり75歳は75の体力と気力であると再認識しています。未だ還暦前の自分だったものが、年が明けたら一気に晩年の自分にワープしたような、そんな気分の中にいます。

その気分の中ですが、この半年来の設計三昧の日々は思いのほか充実していて、若い頃は他からやらされることが多く、歯ぎしりをしながら日々を送っていたものですが、この歳になるとやりたいことができるようになっていることに気づきます。
人に会うことも自分を基準にできるので、ストレスが少なく気持ちが和むことになります。
今まで過ごして来た人生は、左官工事でいえば下塗りと中塗りの時期、ここに来て仕上げの時期到来ということのようです。まさに好機到来!

私は今、好機高齢者だと思うに至っています。

 

そして彼の世、此の世ではなく「今ココ」を生きて行こうと…。

「いのちを実感」しながらです。

 

写真:「鮎止めの滝」
(散歩中、この滝を巡って起きる男女の人生模様を描いた、小説『キララの橋を渡って』(未完)が眠っていることを思い出しました。またの機会に。)

 

 

2021年1月8日

2021年1月1日
謹賀新年

 

     あけましておめでとうございます

     

    新玉の 年の初めの 富士の嶺に 君健やかで あれと祈りぬ

      

            2021年 元旦
      

            太 田 新 之 介 

 

 

 

2021年1月1日