日本のすがた・かたち

2017年10月18日
伴侶って?

少し前の話になりますが、知り合いの女性のお宅が半焼した折の話です。
台所から火が出て、入浴中の浴室に煙が入ってきて火災に気づき、パニックになりそのまま外に逃げたそうです。
その時は一糸まとわず、とっさに携帯だけを持って出たとのことでした。

話を聞いた私はその時の姿を想像し、どの折どのような展開になったのかを思って一緒に笑いましたが、その後の様子を聞いてみると携帯を持って逃げたことが正解だったとわかりました。

もしそれが現在の私だったら、逃げる時にはスマホを持って、ということになるはずで、見られるのは一時の恥、スマホ焼失は当分のダメージとなることは必定です。
私にとってもスマホの存在価値は高く、既に人生の伴侶といえるようです。

 

昨今は、電車に乗ると乗客の約八割はスマホをいじり、後の人はスマホを持ったまま寝ているか、目を閉じて音楽でも聴いているのか、車窓から景色を見ている人は見かけません。満員電車でもスマホ片手の乗客がいます。これらの電車の乗客スタイルは20年ほど前には見なかった光景です。

人間は好奇心旺盛で、特に便利なものには関心が高く、それがどのような副作用があろうと構わないところがあり、便利さと好奇心を刺激できれば商売になるというのが古今東西の歴史でもあります。
世をあげてのAIの開発志向や宇宙開発も、言わば人間の本能である好奇心と我欲の為せる業で、止めようがないことといえます。
このまま時代が進んで行くとどうなるのか、と考えてみることがあります。

 

衆院選真っただ中ですが、誰しもが安全、安心、効率、効果、利益などを目指すと声高に叫んでいます。一方、そこには危険、不安、無駄、汚染、権益、利権なども同居しています。
結局のところ生きものは、なるべく自然環境の中で、自然と対立することなく順応し、声高に叫ぶことなく、人間も自然を構成している一員として生きることを目指すことが肝要のように思います。
生活環境の要である建築を造る仕事をしている私は、特に日本人は足元にある自然素材で、それも供給無限の木を使った建築を多くすべきだと声高に叫んでいますが・・・。

なるべく自然の神秘に浴し、自然のエネルギーを使い、自然の食物を食べ、自然の美しさに感動する。人類はこれを目標に生きるようになればと思います。

そういう私も便利なものには勝てず、この頃は己の言行不一致に悩んでいます。

 

そこで都々逸。

「伴侶って・・・」 昔ゃ夫か妻だったのに 今じゃスマホか紙オムツ

 

写真:Webより転載

2017年10月18日

2017年10月10日
伝統のなかに

この一週間ほどは様々な行事や催しへの参加でした。
建築調査、納骨、観能、茶会、陶芸展、禅寺参りなどで目まぐるしい毎日でした。
この間、常に頭から離れなかったのが「伝統」の二文字でした。

伝統とは古いものではなく、今まで積み重ねてきたものに新たなものを加えて行く、というのが私の伝統観です。つまり、古のものを再現して行く行動は継承であり、伝統とは常に新しいものだという考え方です。

今秋は全国各地でイベント花盛り、祭事は目白押しです。
その中で百年以上続いている催事を選別してみると、意外なことがわかります。

継承され続いてきたものは、人間の生き死に関わる祭事が殆どで、他のイベントものや文化祭的なものは一過性の娯楽といっても過言になりません。
つまり永く継承されてきたものは神仏への奉納、奉献の宗教祭事ということになります。

古建築の調査は先人の生活環境と文化をかたちづくる基本的要件の調査ということで、その時代から今日に至るまでの人間の生死に関わる調査研究が背後にあります。

四十九日法要と納骨儀式は日本仏教が連綿と伝えてきた宗教仏事であり、能は天才世阿弥が考案した夢幻能の亡霊を主人公とした神事。茶会は茶聖千利休から約四百五十年を数える神、仏を基にした茶事。陶芸は日本人の生活習慣の伝統的発露の催事。禅僧との会話は生死への疑事。
いずれも明日より、「今ココ」をどう生きるか、という自問に応える時間というものです。

知能を持った人間がこの世に出現してからの永遠のテーマは、「自分はどのように生きるか」に尽きるように思います。

20代で建築家を目指して五十年。この頃、自分で考えている建築家像には追いつかないことをおぼろげながら認めている裡なる自分がいます。
そしてまた脳裏に浮かぶ狂歌。
「人の世はないものねだりに暇つぶし・・・」

一連の行動で楽しいと思ったのは若者たちとの親交でした。
時の移ろいは、次代を担う若者たちとの交流で昇華すると再認識した一週間でした。

さあ、今日からまた鉛筆をナメナメ図面に対おうか、と老骨に鞭打って、と。

 

写真:10月7日 MOA美術館・薪能と芸妓おどり(熱海ネット新聞)

 

 

2017年10月10日

2017年10月2日
首長、文化財をみがく

 

先日、熱海市内にある国の登録有形文化財の「東山荘」を皆さんで磨いてきました。

私は講師で参加し、主催は「名建築・みがき隊」(及川隊長)ですが、第4回目に熱海市の斉藤栄市長が参加しました。
私の知る限りでは、全国の首長が自ら文化財を磨くのは初めてだと思います。
斉藤市長はみがき隊のメンバーに交じって、東山荘本館一階の座敷の床の間周りを担当しました。
背の高い市長は、普段手入れができないところなどを磨き、文化財の手入れをしながら、先人が遺してくれた遺徳を実感されたようでした。

建築は時代と共に変わり、時代を反映しながら造られます。それは長く残るものは残り、数十年で壊されるものもあります。
昨今は、特にその壊さなければならないような建築が多くなり、少子高齢化と共に我が国は廃屋列島の様相を呈してきています。

そのような時代に遭遇していて、今、住いを始めとする建造物の在り様に警鐘を鳴らす動きが出てきています。
「新たに造らず、在るものを生かす」という動きです。
30年も経つと産業廃棄物になるようなものは極力造らず、先人の遺してくれた優れた建造物を見直し、それを活かし保存し、後に伝えて行こうというものです。

この考え方は理に適っていると思いますが、これは簡単なようで、実はどのようにしたら良いのか、今ひとつわからないというのが実態です。
そこで「みがき隊」の出動となるわけです。

私が建築家を目指す若者に伝えているのは「手入れ・みがき方」です。
建築は完成した瞬間から、古く朽ちて行く定めにあるので、それを永らえるようにする術を持っているべき、ということです。
それは先人の叡智を継承し、文化を伝達することだと話しています。もしそれを実感したかったら自分自身の手足で建築をみがくことだと。
「素材を知り、汚れ風化の程度を知り、そして磨き加減を知る」。この三原則を伝えています。水と湯だけでシンプルにと。

今回のみがき隊に参加された熱海市長は、この実感を得て文化財の保存活用行政に邁進されるはずです。全国の文化財の保存活用がこのような首長先導で行われるようになれば、と思った東山荘・みがき隊でした。

 

写真:上 斉藤市長・東山荘床の間をみがく

下 みがき隊グッズのエプロン姿で、市長と及川隊長(熱海市長室)

 

名建築・みがき隊HP
http://migaki-tai.org/

 

2017年10月2日

2017年9月19日
じっと このまま

最近のマスコミを賑わしているのが、ミサイルと不倫報道です。
これについては関係者以外お手上げで、ミサイルを飛ばすものは勝手で、不倫も勝手です。どちらもお任せとしかいいようがありません。

数日間、日本列島に災害をもたらした台風や地震と同じような災難とはいえませんが、何しろミサイルと不倫は誰が何といおうと止められません。何しろ人間に備わっている我欲につける薬はなく、ましてや性欲は本能が促していることです。

 

それじゃ、どうするのか。
まあ、いってしまえば、国家も家庭も、可能な限りの備えをすることに尽きるようです。
つまり、遭う時には遭うしかなく、そうなるかならないかに囚われ過ぎ、自分を見失うことの方が問題というわけです。

かの良寛さんは、地震に遭った時、「災難に遭う時は災難に遭うがよく。死ぬる時は死ぬるがよく」と説き、災難を逃れる方法はただひとつ遭った時にはそれをそのまま受け入れると諭しています。
一休禅師のいう「心配するな。なるようになる」。この心境のようです。

 

建築を造って行く際、地震や台風に遭い、長年の完成に向けた努力も水泡に帰すことがあります。私は設計が始まると祈りを始めます。この計画が、この設計した建築が無事に完成しますように、と願う祈りです。
普段は神仏に頼らないのに、避けられず遭遇することには頭を垂れ心の裡で祈ります。幾つもの設計をしてきましたが、この習慣に変わりはありません。
目に見えない大いなるものに願い縋るのは人間の普通の姿なのだと思います。

 

現代は極端にプレハブ化し、工業製品化した建築が多くなり、貪欲な効率化や利益化を追求している時代です。また建築も人工知能化してゆくことは必然ですし、何処まで行くのか興味のあるところです。もしかしたら人間は設計という行為を放棄せざるを得ないことになるのでは、と思います。

まあ、考えてみると現代の設計工学はパソコン任せの分野で、私のような10Bの鉛筆をナメナメという、変態的設計姿勢は流行らくなりました。良寛さんではありませんが、それをそのまま受け入れて生きる以外にないようです。

 

自分が生きている時間は自分が作ってきたことですから、喧嘩することもなく、相手のいることの半分は、自分が勝手にしてきたことですし、恨んでも仕方のないことです。

ミサイルが飛んでくるのか、不倫がなくなるのか、興味が湧くところですが、私は今、鉛筆を削り、現在取り組んでいる造営計画に対いながら、アズナブールの「じっとこのまま」を口ずさみ、(鉛筆は火を噴くミサイルだ!)などと、世迷言を呟いています。

 

 

2017年9月19日

2017年9月6日
伝えかし


 

   人の世は 無いものねだりに暇つぶし 色と欲とに 妬きもち絡めて

この狂歌は、40歳も過ぎた頃、人の生涯というものはこのようなものだ、として詠んだものです。

今にして思えば厄年などといわれ、人生の危機に直面していた頃でした。
先ずは人を信じることができなくなり、飲食に節なく、事務所の経営も行き詰まり、荒れた生活の真っただ中でした。あれほどあった生きる自信も失せて、内心はボロボロでした。
20年前の感電事故に遭った時にあの世に往っていれば良かった、と思ったものでした。
それを乗り越えることができたのが、一冊の本の出版でした。

上梓した『建築相聞歌』は、建築家を目指してきた10年余の証のようなもので、自分はどのように考え、生きてきたのか、折々書きとめておいたメモをまとめたものでした。
本の出版は初めてでした。
意外なことでしたが、編集者と作業を進める内に気合が入ってきて、とても新鮮に思い、出版のお祝いをして頂いた頃には、何はともあれ生きていて良かったと思うに至りました。多分、出版作業により、自分を改めて内観できた結果だったと思います。

考えてみれば、日常は生きている時間の積み重ねで、お釈迦さんのいうように、その生きているそのものが苦しみというのであれば、その「苦」を受け止めて、そのままで日常を過ごして行く他はありません。
ただ、先人たちは自分の経験からその「苦」を和らげ、麻痺させる術を伝えてきました。

ある時、人生で最大の「苦」は死を考えた時に訪れ、病を得た時、老いを得た時にあると理解しました。まあ、産まれてからずっとこれに直面しているわけですから、人生は須らく「苦」の連続ということになるわけです。

昨今、若い人の自殺が多く、社会問題になっていますが、何時の世も人間は人を殺め、自らを殺めて生きる生物です。見渡せばポジティブに考える人もネガティブに考える人も皆同じで、物事に対する見方に相違あるだけのような気がします。ポジティブに見える人は案外苦しみが多く、悩みも深いため、明るくして自分の励ましているのだと思います。どちらが良いかは本人の自覚の問題で比較できるものではないようです。自殺を考える若者には、生きた体験を語るのが一番だと思っています。

日頃の苦しみは人との関わりに多く、比較、差別するために多いようです。
私の処方箋は「比べず、今ココを懸命に・・・」というところです。

30年前、斜に構えて詠んだ狂歌の感覚は、今に至りどのように変化してきたのか。

 

   大和なる 和の色を伝えかし 直ぐき思いや 花をたよりに

自分が過ごしてきた時間の中でこれならばというところを、次世代の若者たちに受け取って貰える。
これができたら望外のことだと思うようになりました。

 

 

2017年9月6日

2017年8月29日
名建築・東山荘

JR熱海駅から徒歩で10分ほどの所に、築80年の別荘建築があります。熱海市内に往時のままで遺る別荘建築群は珍しく、昨年、物置も含め7棟が国の有形文化財に登録されました。名称を「東山荘(とうざんそう)」といいます。

昨日、ここの本館で、所有者団体の担当メンバー10名の方たちと、日本建築と東山荘について語り合ってきました。
テーマは、登録文化財となった東山荘の一般公開に向けて、どのように紹介し、また熱海市との協力体制をいかに作ろうか、というものでした。

私は、東山荘の文化財登録の経緯や建築文化、歴史的価値、日本建築のすがた・かたちについて話し、また箱根よりここに住いを移された岡田茂吉翁の美意識について発言しました。

また、ひとつの建築にはストーリーがあり、中でも優れて遺されたものには、美しいと形容できる心地良い緊張感が漂います。この心地良い緊張感こそが人間の品性を高める作用を促すと私は思うところがあり、美しい建築を拝観する人たちはもとより、保存し活用する人たちも皆、この緊張感を享受し合うことにより、先賢の叡智に身を浸す喜びに出会うことになる、と話しました。

先人は身の回りの素材をもって住いや集まりの場を造り、安全、機能を充たしながら、美しさを追い求めて行く・・・。これが建築の本来のすがた・かたちといえます。
文明の進化により地の果てにある素材や無機質な人工素材を調達できるようになった昨今は、廃棄物と格闘し、汚染物質と共存する文明と化しています。また、生きものの殺傷を忌み嫌いながら、毎日牛、豚、鳥などを屠殺し食べている人間の生存への矛盾は消えることなく、私の中では、建築の保存と廃棄物と汚染との兼ね合いを考えることと重なります。

人は皆、自分の生存と生殖に関する行動に矛盾はなく、人を殺めることも含め本能の実践です。
2500年前、これを「苦」として諭した釈尊の教えも、現代には功を奏していないようです。

「人間の品性を高めるには美しいものにふれること・・・」という岡田茂吉翁の言葉が響きます。

デスカッションを終え、帰路(美しい建築を造りたい)そう念じていました。

 

写真:東山荘本館

 

2017年8月29日

2017年8月22日
到達点

焼物を始めてから、かれこれ40年になります。

有田などの磁器物から施釉物の楽、志野、萩、織部、焼き締め物の備前、伊賀、信楽、丹波、黒泥などを作ってきました。
作るのは基本的に自分の茶事で使う茶道具の類でした。

 

ある時から、自分の理想とする茶碗のすがた・かたちは何か、を想い巡らすようになりました。
茶事で点前をする際の濃茶、薄茶茶碗の理想形を作り、それで茶を点ててみたいと思うようになったわけです。

一口に濃茶の主茶碗といっても、炉の時期と風炉の時期とは違い、また茶事の趣向によっては変えなくてはならないこともあり、一碗といっても中々難しいところがあるものです。
しかし、自分が理想とするすがた・かたちが必ずあると、思いを秘めてきました。

 

今月の20日朝、窯から出でてきた丹波の茶碗を手にして興奮しました。
(ああ、これが自分の追い求めてきた究極の茶碗だ!)
すがた・かたちは理想的で、焼けもうつくしい…。

興奮は、周りで作業をしている仲間の人たちに悟られることのないように、何時もの沈着冷静さで装いましたが、内心は胸を熱くしていました。
40年の結晶のひとつがこの一碗にあると、到達したと思い、自分なりの「用と美」に供するひとつの到達点に至ったと、手に得て実感した瞬間でした。

頭の中で濃茶を練る作法をしてみました。

取り扱いから湯を入れ、茶筅通し、湯をこぼす、拭く、置く、抹茶を入れる、湯を入れる、練る…。
古帛紗を添えて客に呈す…。
客が茶を啜る…。(お服加減いかがですか?)

(よし!次の茶事はこれを使おう!)

焼いて頂いた陶芸家に感謝しつつ帰路につきました。

 

約50種類の自作茶道具は、私の茶事の伴侶となってきましたが、出来不出来にかかわらず、茶事遍歴40年の記憶遺産であることに違いはありません。また、これらは私の仕事の設計構想に深く関わってきた文物でもあります。

何時の日か、「三島御寮」造営計画が成ったら、これらの道具を使って頂き、茶の湯を堪能する一助になれればと…。

さあ、次なる到達点を目指して。

 

写真:(仮称)「丹波変体茶碗」 自作

 

 

2017年8月22日

2017年8月16日
送り火

 

お盆も明日送り火となり、ご先祖さんたちがあの世に帰って行きます。
迎え火と送り火は毎年欠かさない年中行事です。

ご先祖さんたちが家に来て、子孫と過ごすという風習は、とても上手く考えた儀式で、毎年お彼岸と共に季節の移ろいを感じさせ、人生の節目を感じさせるものです。

仏壇に向かい一炷の線香を立て、般若心経一巻を上げると、不思議に鬼籍に入った親兄弟や親しかった人たちの顔を思い浮かべます。そして様々な出来事を思い出し、今ここを生きていることに謝念を抱きます。

考えてみれば、先祖の数は人類発生のところまで遡り、天文学的数字となります。そして、現在この地球上に生きている人間の共通の先祖となり、人類は皆親戚ということになります。

小さな家には大勢入りませんので、まあご先祖さんといってもお招きできるのは顔を覚えている精々10名程になるようです。
それにしても、自分には親がいて、祖父母がいて、曾祖父母がいて、そのまたと考えて行くと、今現在の我が身の奇跡を思います。

 

日々、喜怒哀楽の中で悶えながら暮らしている私たちは、どうしても幸不幸の判断をしたくなる生きものです。先賢は幸不幸を決めるのは自分の心だと、看破しています。そして判断をし過ぎると苦しむぞ、と教えています。

日本人は争いを好まず、幸不幸は明解にせず、「和する」気持ちでバランスよく調和させる智慧を培ってきたように思います。人は平等であっても平等にはならず、公平を期するという精神がそれを良く現しています。日本のすがた・かたちです。

 

燃える火は還る場所を知らせる誘導灯ですが、火を観ていると情念をかきたてられ、明日も健やかに生きよと先祖たちの励ましが聞こえてくるようです。

盂蘭盆会は宗教行事ですが、人が健やかに生きて行くための儀式のように思います。

 

    盂蘭盆会 誰彼となく火と燃えて 先祖となるや いずれ苦も無く

 

 

 

 

2017年8月16日

2017年8月9日
火焚きの儀式

誘われて熱海の花火を観に出かけました。
砂浜の階段で見上げた花火の色は多様で、前にもましてグラデーションがかかり神秘的でした。さすが日本の花火は世界一。
何時見ても、花火の華やかさと一瞬に消える儚さに酔わされます。

          大輪の 花火の色や 淡い月

 

それにしても浴衣の若い女性の多さに驚かされ、それに釣り合うように若い男が多いこと。メスが集まるとオスも群がるとは虫の世界ばかりではないな、と思いました。少子化対策は本能のなせる行動に任せるが最善の策で、動向を握るのは何時の世も若い女子ということになります。まちづくりやまちおこしは、この視点を持って計画すべしです。

花火を観ている頃、富士宮芝川の佐々木窯では窯詰を終え、窯を塞ぎ、下燃しという窯の湿気を取るため窯外で火を焚く準備をしいていました。この数日の大雨で窯が異常な湿めりとのことでした。

今朝、陶友市川武さんから写真が届き、火が焚かれたことを知らされました。

      窯焚きや 火に手をかざす 月の夜

10月6日の個展に向けて、陶芸家佐々木泰男さんの勝負の窯です。

 

そして13日の夕方はお盆の迎え火を焚き、ご先祖さんを迎えます。
花火も窯も迎え火も毎年繰り返される火焚きの儀式。
火によって人間は覚醒し、そして非力を識る。
生きているとは、燃えながら暮らすことと人はいう。

      燃えているよな素振りを見せて 何も仕掛けぬ野暮カラス

 

この頃は、燃えながら暮らすに秘訣はないと思うようになりました。

なるべく粋に、今ここを生きる……。

 

写真:熱海の花火

下:佐々木窯の下燃し

 

 

2017年8月9日

2017年7月31日
最年長

お盆が近づいてくると、この一年で亡くなった人を数えます。
近年のことですが、年々亡くなる人の数が増えていることを思います。
これは高齢の人が先に往くことで、知り合いの数が段々少なくなっていることになります。

幸か不幸か、私の場合は、亡くなる人の数にも増して若者との交流が生まれていて、むしろ知り合いが増えているように思います。
知り合いが多いということは、付き合いの数が多いということにもなり、人間関係のわずらわしさに悩まされることにもなりますが、その辺の調整は年季入りですので。

人が集まると最年長者は誰か、ということになります。
最近まであまり関心はなかったのですが、この頃集まりの中の最年長者は誰かというと、私であることが多くなり、少し複雑な気持ちになっています。
思いもしなかった「最年長者」。

考えてみれば古稀も過ぎているので、ボチボチ年長者の部類が多くなるのも無理からぬことです。
高齢者は安穏と過ごすイメージがありますが、私の場合はどうもそれに収まらず、生々しく生きていることもあり、何時までも変態系の範疇に入っているように分類されているようで、これを快感といわずして何というか、という毎日です。
何しろやらなければならないことが多く、ボーっとしていられないことが充足堪能の秘訣のようです。
健康な人はこの世に存在することはなく、身体の何処かに異常があるのが当たり前で、これをなだめたり調整したりして生活をするのが普通で、人生の達人は心技体をバランスよく整えて生きる人ということになります。

今年のお盆はご先祖さんに迎え火を焚いて招き、交流を深め、新たに鬼籍に入った友人知人には新盆のご挨拶をする予定です。
そして供養の茶事をするための道具を作ります。この時期は去年咲いた蓮のハチスで香合を作ります。

枯れた蓮の台を二つに切り、身と蓋の中を、砥の粉を入れた漆で固めます。
ピッタリと合う形になってから漆を塗り、金とプラチナ蒔絵で仕上げます。
ハチスの穴の部分は赤と黄漆を塗り蒔絵して極楽浄土のイメージで…。

蓮の台は仏の座。
近く、この世の時間を一緒に生きた人たちを追善供養の茶事で偲ぶことになります。
どのように生きても一生は一生。人生に意味はなく、ただ日々食うて寝るだけ。人を恨み羨むこともなく、「今・ここ」を一途に生きること。

先に逝った先賢はそう教えています。

 

人生に意味なし可もなし不可もなし 今ここを生き食うて寝るのみ

 

写真: 蓮の香合 自作

 

 

2017年7月31日