日本のすがた・かたち

2019年2月10日
新しい仕事場

昨年5月から新たな事務所作りをしていまして、どうにか来月から本格的スタートとなりそうです。

事務所の引越しはこれで5度目になりますが、現在取り組んでいる計画遂行には手狭となり、近くに仕事場を移す準備をしていました。木製の机は全て自作で、使い易さ抜群です。

何しろ3年ほど前からチョーウ・タボウで(まあ、余計なことばかりしているとの声も聞こえていますが)、引越しも6回に分けてとなりました。

 

引越しの度に思い出すことは、初めて事務所を開設した29歳の6月のことです。
今にして思えば恥ずかしくもありますが、身も心も燃え盛っていたことを思い出しますし、あの新しいトレーシングペーパーや鉛筆の匂いは何時までも覚えています。

現在はパソコンやAIによる設計環境に変化していますが、新しく仕事場を移す時の高揚感やそこはかとない不安は変わらず、ああ、また空想と現実の間で漂う生活が始まると、全身に力が漲る思いがしています。

 

仕事場は、主として茶の湯のステージ「「三島御寮」造営計画のためのもので、二人のスタッフと15人のブレーンが交会する場でもあります。
さあ、何はともあれボチボチと…。

 

私は設計の職人を目指しています。
私の知る限り、職人は皆人生をかけて仕事に向かっています。
私も人生をかけて設計監理に向かっています。
限りある命の限り。

 

今年の正月は高熱で1週間ほど休みました、引越しなども重なり、長くHPが改まりませんでした。心配して下さった方々もあり、改めてお礼を申し上げます。

 

写真:設計・伊豆国分寺 天井下絵「地球創成」 大谷まや画

 

 

 

2019年2月10日

2019年1月26日
寝た正月

 

果てない宇宙のような空間に,建築だろうか、ゆっくり回転しながら近づいては遠ざかって行く。
数百もあるだろうか、確かに皆見覚えがある。
手の届くところに禅寺の塊が来た。
それは木でできた模型のようで、木組みも確かな出来栄えだ。
住宅も茶室も近づいては遠ざかって行く。
私は宇宙遊泳するようにその建築の間をさまよっていた。

 

正月の5日から高熱を発し、一週間休んでいました。
どうも毎年の正月休みは体調を崩すことが多く、今年も同じ半月でした。
高熱でうなされていた時に観た幻覚と妄想の、回転しながら漂っていた建築は、気が付けば全て今まで自分で設計してきた建築でした。
(まあ、50年も設計していれば…)

 

その中に金に輝くUFOのような建築がありました。
それは現在取り組んでいる「茶の湯のステージ「三島御寮」造営計画」のマスコットキャラクターでした。

 

我が思う建築家を目指して50年。未だその途上にありますが、ひとついえることは「私も仕上げの時期に入ったようだ」と思うことでした。
建築は、基礎造りから始まり、本体架構、仕上げの工程を経て完成します。左官工事に例えていえば、下地、中塗り、仕上げの工程となり、私の仕事も仕上げの時期を迎えたということです。
年齢もさることながら、漸くやることが手に取るように見えてきた、そのことの実感に直結しています。このリアルさは胸を熱くし、命をかきたてるエネルギーに満ちています。

 

「人間の幸不幸は心が決める」、とは先賢の言。それも健康があっての相談で、弱った体力や認知を得ていたら、心の判断は難しく、また何人もそれを避けることはできません。

 

この寝た正月、高熱妄想世界に浮遊しながら唄った都々逸
  〽 ボケた振りしてお尻をさわる「オジイちゃん、オイタしちゃダメよ!」
     「ん、」にっ、と笑って舌を出す

 

唄いながら、ようやく設計図に向っている毎日です。

 

写真:木造のUFO

 

 

2019年1月26日

2019年1月1日
謹賀新年



                            あけましておめでとうございます

                  新玉の年の初めの富士の嶺に
                君健やかであれと願いぬ

                     2019年 元旦
                      太田新之介




2019年1月1日

2018年12月25日
者个聻

年も押し詰まってくると、何故か気ぜわしくなってきます。
昭和から平成の最後の年まで生きてきた私には、今年の暮れは感慨深く、色々思うところがあります。

現在取り組んでいる幾つかの仕事もいつ果てるともなく、この先ずっとやって行く気配があります。歳は確実に重なり、脳ミソばかりか身体も衰えている筈ですが、何となく気合が入り、冴えているところです。

 

先日、「清霜の茶事」を催しました。
六名の客と二刻(ふたとき・四時間)を過ごしましたが、茶事一会を堪能することになりました。
床掛物は清巌宗渭(せいがんそうい)一行「者个聻(しゃこに)」。濃茶の主茶碗は丹波で、茶杓は煤竹で共に銘は同じ「者个聻」。私にとっては三種の神器のようなものでした。

者个聻は禅語で、這箇聻(しゃこに)と同じで、者个と這箇は「これ」、「これら」の意味です。
聻は「しゃく」とも読み、「…だ」、「…だぞ」で、「ここだ」、「それだ」と物を指示するときの語で、一切の事物の根元、禅の極致のこととされています。
席中の問答で正客に応えた時、私が現在一番感じている言葉として話しました。「今ココ」でした。
道元禅師は、時間は現在、過去、未来の他にもうひとつ、「今、今、今…」と刻々に移って行く時間がある。経過ではなく、刻々に今が重なっているだけ、と説かれたとも。

 

私の裡では、その刻々に移る時間には、英語にいう囚われ物からの解放の自由、ただの自由とは根本的に違い、「ひと、ヒト、人、人間、そして這箇の人間」、という五つの哲学的な区別が出来る、自由自在の自由があるとみています。「今ココ」を生きるということは、一人の人間として自由自在に生きる、ということになるからです。

 

人間の苦しみの大半は人との関わりに生じ、過去の忌まわしい記憶に左右されるものです。どの様な状況にあっても、「今ココ」を懸命に生きられるとしたら、どうなるか。

人と群れて何かをすることが苦手な私は、この「者个聻」の本意を知り、何時か孤立無援(自力)となっても生きて行くことができるのではないか、と思うようになりました。

茶事中の問答は、文人小野田雪堂が発した「この今をありがとうございます」に及びました。
生きられるだけ自分として生き、そこに感謝するとしたのは小野田雪堂や道元ばかりではなく先賢が目指した金言だと。

 

庭先の落葉を観ながら、光陰矢の如しの一年を振り返りました。

今も明日も、ずっと「者个聻」、「今ココ」でと…。

 

2018年12月25日

2018年12月9日
師走の喧騒

今年の春爛漫の頃、知り合いから突然の別れ話しを聞かされました。
私は、何とも切ない内容に言葉もなく、黙って頷きながら聞き入りました。

師走に入ってから、頻りにその折のことが思い出され、詞にしました。

 

「花散る小径」(はなちるこみち)

霧降る夜 紅い火影
貴方と歩いた 花散る小径
愛し合って 誓い合って
何にも要らないと 泣いた日よ

何も知らず 過ごした日々
信じた幸せ 突然の別れ
火影揺れる 花の小径
心から愛したのは 貴方ひとり

貴方いま 何処にいるの
優しい面影 忘れはしないわ
思い出さえ 消えているの
もう一度逢いたい 花散る小径
もう一度逢いたい 花散る小径

 

私の好きなシルオースチン演奏「バラの刺青」の曲にのせて作りました。
映画の主題歌で、ペリー・コモやフランク永井も歌っています。

人の出会いと別れは世の常。
「生者必滅、会者定離」は人生の実相。
これを哀れで悲しいと思えば、これほどの苦しみはなく、これを定めと受け止めることができれば、また明日を生きられます。

今、彼女はどうしているのか。

師走の喧騒が始まり、誰もが年末年始でまた明日へのリセットを試みることになります。
そして人は祈ります。
祈りはエネルギーとなって背中を押してくれます。
「こっちへ行け、と…」。

 

写真:喧騒風景・アメ横

 

2018年12月9日

2018年11月25日
天地いっぱいに

今年も季節は巡り、はや師走の声を聞くようになりました。
街ではクリスマス商戦が始まっています。

この数日の間に二人の訃報が届きました。
何時かは還る定めとはいえ、落葉の季節には一層、人の命の儚さを思います。そして生あることへの謝念を改めて思い起こします。

五十も過ぎた頃から、訃報を聞く度に思い起こすのが「今ココを生きてゆく…」という言葉でした。
孤高に生きた禅僧・太田洞水老師は座禅の後の法話の中で、何時も「今ココを生きよ!」、と話していました。
当時三十の若僧にはその意味がよく解らず、それから20年を経て、岐阜の僧堂再建の仕事が終わった後に、漸くその言わんとするところに行きつきました。

道元禅師が言う時間の観念は,「過去、現在、未来」だけではなく、「今、今、今」の刻々を生きる時間もあるということでした。禅師の遠孫である洞水老師は「この今」を生きることの大切さを説いたのでした。

「生者必滅、会者定離」は、命あるものは必ず死に、出会った者は必ず別れること、を説いていますが、それ故に「今ココ」を懸命に生きるという言葉の意味が、重みを増すように思います。

過去も未来もなく、現在の今ココを、天地いっぱいに生きて行く…。まるで限りある命を惜しむかの如く…。

そうして私は訃報を聞く度に、「今ココ」を思い出し、今、今、の自己を生きたいと願うようになり、何時しか次代を担う人たちのお役に立てることができれば、と思うようになりました。

現在、取り組んでいる「茶の湯のステージ・三島御寮造営計画」は三百年後の子孫が活躍できる舞台造りです。漸く最終構想がまとまり、全体模型制作作業が進んでいます。

「今ココ」を生きることは永遠を生きることに他ならないように思います。
但し、これには人と群れることをよしとしない覚悟が要るようです。
「今ココ」は「今個々」に繋がるような気がしています。

 

鎮魂の鐘を聞いて故人の好んだ風刺都々逸で
   〽 除夜の鐘ならゴーンと鳴るが ゴーンの金なら罪となる

 

写真:山月庵・露地

 

2018年11月25日

2018年11月14日
想像力

パソコンに向かっている私の眼は凝視時間2時間ほどが限界で、眼が疲れを訴え、散歩を要求してきます。

市内散歩コースはABCの3つあって、その中に滝を観る川沿いCコースがあります。ほんの5分ほどにある滝は思いのほか水量があって、川幅30メートルほどが20mほどの高さから落ちています。
段差の下の滝壺近くから見上げると、地響きを感じるほどの圧倒的なエネルギーを感じ、眼を休ませるには格好の場になっています。

その滝は、大雨の後の瀑布に不思議な光景を呈すことがあります。
ジッと滝を観ていると、水の凄まじさや陽の光りを受けて虹が立つ中に、滝壺から昇る龍がすがたを現わすのです。

躍動する昇龍のすがたは、まるでこの世から隔絶する異次元の空間の有様のようで、戦慄すら覚えることがあります。それに遭遇した時の得も言われぬ爽快感は、独り秘かに浸ることのできる珠玉の時間となっています。

 

先年、熊野の那智の大滝で、滝を観ていたら滝の中から無数の仏たちが合掌した姿で現れ、思わず合掌していたことがあります。
それは滝が背後の岩にぶつかり、飛沫がその姿を彷彿とさせたものですが、私には眼をこすっても諸仏の姿に見えたのです。

この地上の生物は、自然の営みの中に神や仏を感じ、その姿を想像しているようです。それは人間ばかりではないような気がします。地球上にはその事象が限りなく存在し、観るものによって変幻万化しているように思います。

その中で人間は、雷や地震という自然現象に怖れを抱き、同じ生きものである亀や鶴、十二支の動物たちにも神仏の姿を観て、象や蝉、蛙や蟻までにも神格を観ています。
人間の想像力は、凡そ生活の周辺にあるモノやコトを畏怖する能力を具備し、信じられないほどの奥行きをもって宇宙にまで向っています。

 

私は今、水神である龍のすがたを新たにデザインしようとしています。
古伝に、「龍の九つに似たる、角は鹿、頭は駝、眼は兎、項は蛇、腹は蜃、鱗は魚、爪は鷹、掌は虎、耳は牛」とあります。この想像上の生きものが数千年を経て今、何故、私がデザインしようとしているのか。この時空を超えた不思議さに、ただ頭を垂れるばかりです。

 

芸術の根源は自然の事象の変幻万化を感受することのように思われます。それはまた、人智を超えるものに遭遇し続ける運動のような気がしています。

 

   水神の龍なるすがたは何処かと たずねる果ては宙(そら)にあるとや

 

 

写真:鮎止めの滝

 

 

2018年11月14日

2018年10月23日
妄想の舞台

来月末に茶事を行うことにしています。
例年、春や秋に催してきた茶事は今年で30年余となります。

茶事の面白さの説明は難しく、面倒くさい中にある自己肯定というか、自由への開放というか、いずれにしても一会が済んだ後の心地良さに止められない、というが実感です。
少し改まっていえば「時の堪能」ということになりそうです。

招く人を決め、連絡をして半年前から準備を始めます。
一会の主題は「床掛物」にあるため、正客となる方を楽しませ、頷かせ、そして一時を堪能して頂くために掛物を選びます。「道具の第一は床掛物」とは利休居士の言です。

他の道具は、客の顔ぶれを見て夫々が楽しめるように工夫します。道具を組む時の面白さは小説のストーリーを考える時に酷似します。
また茶事は、「禅の精神性と能の演劇性」によって初座、仲立、後座の三部構成に組み立てられているため、これがまた企画や構成、演出に直結することになります。
そして、その舞台が建築というかたちに結晶しています。

 

建築は人間の生活の器ですが、その中身は人それぞれに違う暮らしの舞台となります。
身体の不自由な方はそれなりに、健常者、幼児、高齢者、仕事柄など、それぞれに適した生活の装置ということになります。住いは住居で、茶の湯は茶室で…、と。
先人はそのための建築を創造し、工夫し造ってきました。

人間は何かの真理を訪ねる時、必ずしもその専門分野でしか訪ねられないということではなく、却って全く関係のない真逆の事象によって理解できることがあります。
私にとっての茶事は、まさにその真逆の舞台といえるもので、生業としている建築の設計を覚醒させ、堪能させる装置となっているようです。

 

我が国の文化の塊である神道、日本仏教、皇室、そして茶の湯。
近年、その精華は世界の人々に刺激を与え、中でも茶の湯は人との和(環)を創出するために編み出された仕組みとして、注目されているようです。

僅か四時間に全てをかける茶事の特異性は、刻々に生きる命のやり取りだと思っています。

さあ、超多用なれど、客の喜ぶ顔を想像しながら、明日もまた妄想の舞台準備へ…。

 

写真:近作茶杓

 

2018年10月23日

2018年10月8日
縄文の風

(縄文土器が眼の前に…)
(火焔土器…圧巻の美しさだ…)

以前から縄文時代に気を惹かれていることもあり、先月、上野の国立博物館に出かけました。
勿論、世界最古の土器群を拝観するためでした。

展示は古代の外国土器との比較もなされていました。
現在、世界最古といわれているのが、青森県大平山元(おおだいらやまもと)遺跡出土の模様のない無文土器で約1万6500年前のものといわれています。その後、1万4500年前頃には、粘土のひもを貼り付けた「隆線文土器」が生まれ、全国に広がって行きました。

縄文の火焔型土器は他国のものより時代が遥かに古いのに、この圧巻の美しさは何だろう、と、この1か月の間考えていました。

教科書で学んだ文明観では、石器時代の人類は狩猟・採集による移動生活を送っていて、約1万2千年前から、世界各地で農耕や牧畜を始め、定住生活ができるようになったとされ、文明はこの頃から始まったというものでした。
ならば1万5千年前から始まったという我が国の縄文時代は、学説の文明観の範疇に入らないことになる分けです。我々の先祖は、既に狩猟や採集をしながら定住生活をしていた世界最古の文明ということになります。しかも土器は、文明のレベルの顕れといわれます。

 

日本列島の自然の一部として暮らしてきた先祖は、四季折々の豊かな食物に恵まれ、争いをせず、国連のいう「持続可能な開発」(Sustainable Development)を実践していた「奇跡の民たち」といえそうです。
農耕・牧畜は狩猟・採集よりは進んだ文明段階であると考えられてきましたが、現代に至ってメソポタミア、エジプト、インダス、中国の黄河流域がみな砂漠化している事実を見れば、農耕・牧畜が自然破壊を伴っていることがよく分かります。

 

縄文は「円の文明」ともいわれます。
当時の竪穴住居は平面が円形で、円(車座)となって生活していたといいます。分け隔てのない人の円(縁)を感じさせます。住いはその時代の精神や生活様式を現わし、文化文明の結晶ということになります。建築が人間の生活環境と文化をかたちづくる基本的要件とされる所以です。

縄文期の建築に想いを馳せ、私は昭和・平成の建築造りを仕事としていることを実感しています。

縄文時代に生きた人々が自然の中で順応して生きた健やかさも…。
自分が縄文人の末裔であり、日本列島に生まれたことも。

   国博に縄文の美や横溢す 円かなる風そよぐ我にも

 

 

写真:縄文中期「火焔型土器」伝新潟県十日町信濃川付近(馬高遺跡)出土
紀元前3000年
下:縄文後期「猿形土偶」伝埼玉県さいたま市(旧岩槻市)真福寺貝塚周辺出土
紀元前1000年

 

 

2018年10月8日

2018年10月2日
青春の日々

「じっとこうして」
じっとこのまま 離れないで
もっと こうして 私を抱いて
夜の闇に 恋をまかせて
あなたの熱い 吐息の下で
けだるく あえいで 肌もあらわに
私の生命を 燃やしたいの
何も云わず みんなゆだねて
朝まで このまま 離れないで
モナムール

「ラ・ボエーム」、「ラ・マンマ」、「世界の果て」、「じっとこうして」などの大ヒットを生んだ、フランスのシャンソン歌手シャルル・アズナブール氏が1日亡くなりました。
訃報を聞いた私は、青春の日々が去ったと思いました。
「ラ・ボエーム」1955年、「じっとこうして」1965年、シャルル・アズナブールの作詞や作曲で世に出て、いち早く銀座の「銀巴里」で美輪明宏や金子由香利たちによって歌われていました。アズナブールの名を知ったのもこれらの歌からでした。
以来、シャンソンは私の青春を彩り、中でも「じっとこうして」は私の官能を刺激し、今でも口ずさんでいます。
(亡くなったか…、青春が潰えてゆく…)実感がありました。

 

人生時間は人それぞれに在り、それぞれのすがた・かたちがあります。
生きている間の人生時間は自分だけのものであり、貸し借りはできません。
過去と人の性格は変えられないとは先賢の言。ならば折り合いをつけて生きて行く他はなく、その折り合いの付け方を励まし、支えるのが文学や歌のような気がします。そして人品を高見に誘うのは、美しさの漂う緊張感…。

この日の朝、ノーベル賞を受賞した本庶佑氏の人生訓を聞いて、「今ココ」の自己を生きている人がいる、アズナブールと同じ、まるで禅の高僧のようだと思いました。
「好奇心と道連れ、人の言は疑ってかかる」、とはけだし名言。
40数年前、建築家を志し、何よりも自分の眼を信じて生きてきた道筋がこの言に似ていました。

今日も「じっとこうして」を唄い、建築の道連れだったことを確認し、アズナブール氏の冥福を祈りました。

 

写真:歌うアズナブール

 

2018年10月2日