日本のすがた・かたち

2013年5月25日
夜咄(よばなし)

163-1.jpg 今年の桜の花が散る頃に、茶事に招かれました。

場所は、伊豆半島の東、伊東の先の大川。三畳台目の席に3人の客でした。

個人的に招かれるのは久しぶりで、ご夫婦心づくしの一会でした。

 

会社を退職されたご亭主は、茶事をする楽しみを得て、奥さんと茶三昧の日々を過ごされているようで、久しぶりに典型的な日本人の振る舞いに接し、心豊かな一日となりました。

 

この正午の茶事には印象深いものがあり、中でも心に残ったのが、中入りの際の花でした。

普通は前席では床の間に掛物を掛け、初炭、懐石が済んで、主菓子、中立ちとなり、一旦露地に出て、銅鑼の音の向付を受け、再度の席入りとなり、席中の床の間の掛軸は外され、花入に茶花が入り、床の間の中央壁などに掛けられるものです。

 

床の間には「花」と墨で書かれた前衛風の大字が掛けられていました。

露地には大きな桜の木があり、すでに満開を過ぎて散り急ぐかのような風情でしたが、席中に以外や書いた文字の「花」とは。

 

床前に進み表具なしの書を拝見すると、掛物の右上に何やら漢詩が小文字で…。

「雪月花時最憶君〈せつげっかときもつともきみをおもう〉」と有り、その花の一字が大きく書かれていたのです。

 

唐の詩人白楽天が詠んだ「殷協律に寄す」は、私が高校生の頃からの愛唱詩のひとつで、まさかそれを知っていての上の趣向では、と思わせるほどの驚きと嬉しさでした。

花は露地にあり、花心は席中に……まさに是好時節。

 

P1030586[1].jpgこの一会に応えて、今年の冬の茶事にご夫妻をお招きしようと準備を始めました。

茶道具に今年の窯から出たものを使い、この土にはインド・ブッタガヤ「尼蓮禅河」の砂が入っていると話しをしよう。そう思いながらこの日の茶事に向けて茶杓を削りも始めました。

 

茶事は、夜陰に紛れて行う「夜咄」で。

和ろうそくの灯が、一会を幻想の世界へと導いてくれるはずです。

(印影 「雪月花の時 最も君を憶う」自作陶印  写真 「夜咄」濃茶 )

 


2013年5月25日