日本のすがた・かたち

2008年12月11日
虎落笛

HP-69.jpg子どもらに
遺せし冬の気高さは
今も大和に絶えず続きぬ

福井の永平寺の雪深さに驚いたことがあります。
道元禅師がなぜ雪深い福井の山里に寺を開いたのか、その地に立った時それを実感しました。
私の冬は北風に鳴く虎落笛(もがりぶえ)と降る雪で、温暖の地で育ったせいか特に雪には思い入れがありました。
子どもの頃、雪が降る光景は夜の暗い空からでした。木の電信柱に燈る電球の灯りの中で、音もなく、次々と舞いながら落ちてくるのを、じっと見ていました。
私にとって、夏の炎天下の恐ろしいほどの静けさや、妖艶ささえ見せて雪の舞う光景は、四季を巡る日本の風土を肌で感じさせてくれるものでした。
後年、周辺にはこの風景が無くなりましたが、外国へ行くようになって、その都度日本の気候風土に思いをいたすようになりました。特にインドを旅した折には、行く先々で不思議と日本の、それも生まれ育った故郷の春夏秋冬の、その有様を思い出していました。
詩人の高村光太郎は冬を『きっぱりと冬がきた…』と詩っています。
私は未だに、光太郎が住んだ東北地方特有の季節感や情感を理解ができずにいますが、日本列島が有する緯度の差が、いかに私たちの精神やもののとらえかたに影響しているのか、分かるような気がしています。日本は、国土は狭くとも変化に富む気候を有した広い国ということなのでしょう。
地球温暖化が叫ばれ、環境という言葉を発しない者は社会的に落伍しているようにいわれている昨今ですが、気候風土はアメリカに象徴されるカジノ経済の有り方とは関わりのないところで息づいています。冬になって、寒風が吹きすさぶ頃になると、地球温暖化や環境を叫ぶ人たちの声が小さくなります。
地球の気候や環境は人間が左右できるほど小さなものではないはずで、人間の傲慢さやおこがましさが世を騒がしくしている側面があるように思います。
環境に思いをいたすことは、なるべく自然を手づかずのまま子どもたちに伝達してゆくことかも知れません。
冬になると、環境を謳う大人の行為を、天に舞う白い雪が諭しているように思うことがあります。今、私はその気候風土が創った手つかずの自然が残る日本列島に暮らしています。
「和の心にて候」能楽堂ライブが決まりました
開催日予定日  2009年11月29日(日)
場所  静岡県熱海市 MOA美術館 能楽堂
                                                                                                                                                                                                                         


2008年12月11日