日本のすがた・かたち

2019年4月4日
「令和」・心寄せ合う想像力

「令和」が新元号に決まりました。
この二文字の典拠は万葉集の第5巻からといいます。

「梅花の歌三十二首并せて序(あわせてじょ)」
「時に、初春の令月(れいげつ)にして、気淑く(き よく)風和ぎ(かぜ やわらぎ)、梅は鏡前の粉(こ)を披き(ひらき)、蘭は珮後(はいご)の香を薫す(かおらす)」。
「時あたかも新春の好き月(よきつき)、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉(おしろい)のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている」。

 

政府が元号の典拠を万葉集に求めたことは誠に好ましく、快哉という他はありません。
発表された途端に、号外を求め人は殺到し、万葉本は特需でこれまた売れまくっているといいます。

 

中学生の頃の愛読書は『万葉集』と『唐詩選』でした。
人の情愛は万葉集から、人生の彷徨は唐詩選から影響を受け、特に和歌の詠嘆の魅力に虜になったことを覚えています。
「恋ひ恋ひと 逢える時だに美しき 言尽くしてよ 長くと思わば」石川坂上郎女(いしかわさかのうえのいらつめ)の歌に魅され、良く歌ったものです。

 

元号は天皇崩御の際に代わりますが、令和は退位のための制定のため、お祭り気分で発表を待つことができました。あたかも時は満開の桜の候。

 

やれ、キリストの生誕から始まる西暦が現代的で良い、封建的な元号はIT時代に相応しくない、安倍首相は天皇を政治利用しているからけしからん、などなど煩いこと至極です。
まあ、何事も人のすることに難癖を付けなければ済まない輩がいることは承知していますが、そのクレーマーたちが、アナログの「号外」に殺到した様には、苦笑する他はありません。

 

お祭り気分で結構。新しい時代に立ち会えることは稀なこと。ましてや「令和」の意味は「心寄せ合う中で文化が生まれ育つという意味」です。令(うるわ)しく平和に生きる日本人の原点をそこに見るような思いがします。

 

私は元号があることにより、国家という存在を確認し、天皇を戴く日本の文化の深遠さを改めて思います。日本人に生まれて本当に良かったと思います。

 

元号が改まると、私の心境も再生する思いです。5月1日が待ち遠しくあります。
私にとっての令和は「心寄せあう想像力」と解しています。

 

                何もかも新たなるかな天地も 煌めき代わる令和の朝陽に

 

 

写真:平成31年4月1日AM7:00の富士山

 

 


2019年4月4日