日本のすがた・かたち

2017年3月10日
交響曲7番ロ短調

IMG_3206.JPG目が疲れ、いつものように鉛筆を擱き、春の陽気に誘われ、散歩に出かけました。今回はAコースの禅の修行道場である「龍沢寺」参りです。

参拝を済ませ、蕗の薹をポケット一杯に摘んで、花粉が飛び交う道を下ってくると、町内の長老とぱったり出会いました。農家で洒落の分かる面白爺様のひとりです。

「アンタ久し振りだね。元気そうだね。幾つになったの」

「お蔭さまです。古稀を過ぎました」

「古稀過ぎか。未だまだ若造だね。ワシは82だよ。十も若けりゃ未熟者だぜ」

「でも古稀過ぎると体力が落ちますね」

「元気なのはいいけど、古稀過ぎは体に悪いよ。セーブしなくっちゃ」

(セーブ???…)

「しかしもうすぐ後期高齢者ですよ」

「高齢者というのは、そう思った奴がなるもので、思わなければずっと青年だよ。ワシは昭和の青年だ!」

「今は平成なので・・」

「平成だろうが成平になろうがずっと青年だ。アンタ何か気に入らないことでもあるのか」

「いや、そういうことでは…」

「人間はボケても生きていれば花だ。ボケの花だ」

「秘すれば花とは聞いたことがありますが、ボケれば花とはまた乙なことで」

「花は夢だ。秘かに思う夢だ。だから夢があれば生きられる」

「歌の文句に〈貴方がいれば生きられる…〉五木ひろしの〈細雪〉だったかな」

「真面目に聞いてくれ。ワシの夢は有機無農薬農法を若者に広めることだ。農家に嫁が来たがる環境づくりを広めているところだ。夢も最高レベルは見果てぬ夢だ。直ぐには成就しないものがいい。未完成に終わりそうなのがいいんだ」

「交響曲7番シューベルトですか」

「おお、やるじゃないか。ロ短調だ。それで終わるような大きな夢があればいうことはない」

「そこを目指して行く過程が人生というわけですか」

「だから歳は関係ないんだ」

「しかし目はショボショボ、耳は遠く、入れ歯で下々は切れが悪くなるのがぼちぼち…」

「そんなのは体を動かし、ケツの穴に力を入れていればなんとかなる」

「そうはいっても…」

「漏れだしたらオムツがある。だが夢は自分で作り育てるものだ。ボケ始めたら夢はもっと膨らむ。パンツも膨らむけど、ハ、ハ、ハ、」

「……」

「何はともあれ見果てぬ夢の中で生きることだ。そこには明日がある」

「明日があるから生きられる・・。ご高説有難うございました」

「お主も励めよ、人生イロイロだからな。じゃ、イエライシャン!」

(サイチェンじゃないのか?島倉千代子か、それにしても古いなぁ…、)

自分にも見果てるだろう夢があると思いながら、深々と一礼し、夕飯は蕗の薹の天ぷらとビールで、と足取りも軽くなった昼下がりでした。

 

 写真:春の小川はサラサラ

 

 


2017年3月10日