日本のすがた・かたち

2014年8月28日
電気

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私は時折空想します。

 

歴史を感じながら暮らす。

伝統と一緒に生きる。

祭りや儀式でそれらを実感する。

両親や先祖と共に暮らす。

永い時間の流れのなかにいる。

周辺に在る自然の素材で建造物を造る。

自己という人間を、子孫にできる限り伝え遺す。

大筋でそのような人生でありたい。

 

しかし、大筋で良いと思える生活や人生も、実のところ電気によって支えられています。現代社会は好むと好まざるに関わらず、電気がなければ何も出来ない状態になっています。この事実を肌で感じます。

 

では、電気をどのように考えるのか。

私は時々自分と、国の舵取りを任せられた総理大臣になった時を空想をします。

 

(・・・化石燃料は輸入に頼らざるを得ない…。外国の戦争や紛争で石油やガスの供給がストップしたらどうするか…。輸送タンカーの安全も確保しなければならない。…原発は危険極まりないものなので再稼動したくないが、このまま原油などの価格が暴騰していったら経済が立ち行かなくなるし、原発も電気がなくては動かない…。水力に太陽光や風力発電を加えても需要量に追いつかないし余力もない…。食料自給率と同じで、余りに外国に依存率が高い。皆、口を揃えて外国と仲良くする外交しかないというが、相手があることころには必ず駆け引きや争いが生まれ、近所付き合いと同じで簡単ではない。憲法九条があれば戦争は起きない、という人たちがいるが、病気と同じで戦争は起きる時には必ず起きる。過去の歴史を見れば明白だ。ただ日本から決して仕掛けないというのが私のスタンスだ。習慣や道徳しかなかったチベットや新疆ウイグルのように隷属国家になるわけにはいかない。…戦後の日本はアメリカには従属している面はあるが…。侵略も相手が仕掛けてきたら自衛しなければならないし、それにも電気が要る。…安全だといわれている核融合発電もまだまだ実用化にはほど遠い。これらの凡ては外国とのバランスのなかで成り立っている…。取りあえず何はともあれ国を豊かにすることを目指し、国力と自衛力をつけて国民の命と生命を守る手立てを実行して行く以外にないだろう。…出来れば江戸時代のように電気を必要としない生活は出来ないものか。鎖国時代の江戸時代の人たちが不幸で、現代人が幸福と誰がいえるのか。…そうだ、日本は日本の風土の中で国民が暮らして行けるシステムを今一度考える必要がある。そうでなければ際限のないエネルギー消費地獄に陥るようになる…。北海道下川町の木を利用した発電の取り組みの成果も見えてきたし、…これからは先人の智慧に学び、日本は日本でしかできないことを目指す他はないかも知れない・・・。)

 

国の将来や次世代のために考えると、今の政府に何でも反対とは行きません。対案と実践が伴わなければ説得力を欠くからです。

 

私の出来ることは、その周辺にある木や土を使い、自然界に還ることのできる木の建築造りだと思っています。

百年や三百年という歳月を経て、人間の営みの原点となるような生活の場造りです。

写真  石油タンカー (ウキペデイア) 


2014年8月28日