日本のすがた・かたち

2009年12月23日
天皇の歌会

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すめらぎの民のためなる祈り歌
子孫(うみのこ)たちの
倖の験(しるし)や

                                                             宮中では正月半ばに「歌会始」があります。
和歌を詠むのは千数百年前の、万葉の時代以前から続いている文化行事です。
天皇(国家元首)が国民と共に歌を詠む習慣をもっている民族を私は知りません。
平成22年のお題は「光」で、これは50年前の昭和35年の歌会始のお題にも選ばれています。この昭和35年の歌会始は,天皇皇后両陛下(当時皇太子同妃両殿下)が昭和34年4月10日にご結婚されてから最初に行われ,初めてお二方でお歌を詠進された歌会始です。同じお題が二度選ばれることは,戦後の歌会始では初めてのこととなります。
なぜ日本人は千数百年の昔からこのようなことを続けているのでしょうか。共通の題で人々が歌を詠み、披講する会を歌会といいますが、これは奈良時代にすでに行われており、平安時代には盛んに行われていたといわれています。
記録によると、天皇が主催する歌会が歌御会(うたごかい)で、年中行事として、あるいは月ごとに月次歌会(つきなみのうたかい)が行われるようになり、鎌倉時代には歌御会が催され、室町時代には歌御会始が新年の行事として行われていたようです。その後、江戸末期になり、しばし途切れて、明治2年、京都・小御所で復興し、このとき詠進が許されたのは宮中に縁故のある人々に限られましたが、5年後、今日のように宮中と民間の区別なく詠進が認められるようになったようです。
明治12年、一般の詠進歌のうち秀歌が選ばれ、天皇の前で披講される栄誉が与えられるという画期的な改革が行われました。以来、一君万民が和歌によって結ばれる、国民参加型の文化的行事が今日まで続くことになったのです。
大正末に「歌会始」が正式名称となり、戦後になって御歌所から委員会に事務が移り、選者も民間の歌人に委嘱されるようになりました。
現在では世界的な広がりをみせ、外国からの応募も多くなってきました。
皇統は縄文(飛騨)時代より、万民の幸せを願い、五穀豊穣が叶うように、天地の意志に沿うように、ただ祈りの儀式を執り行ってきた存在です。このような存在は世界にありません。
世界に類を見ない象徴をいただく日本人の心の拠りどころは、地球上に生きる人間すべての拠りどころになるのではないでしょうか。
日本文化の特質は、古神道、日本仏教、そして皇室にあるといわれています。縄文の頃から続く皇統(天皇)周辺が詠み伝えてきた古歌や和歌の存在が、それを立証しているように思われます。
分けても天皇の詠まれる御歌は、日本の歌であると同時に、万民に和する心をもたらす祝詞のように思えてなりません。
私は、年が改まり神社に詣でると天皇のことを思い、歌会で声を上げて歌を読むのを聞くと、日本人で本当に良かった、と改めて思うのです。
今日は天皇誕生日。
(写真 お歌会始めの儀 宮内庁HPより)


2009年12月23日