日本のすがた・かたち

2017年6月11日
生死と文化

 

このところ若者たちと時間を過ごすことが多くなっています。
会話の中で、彼らから出てくる問いは「日本文化とは?」。

元々日本人であるので日常は国の文化について特別知らなくても問題にならないものですが、昨今はグローバル化が進み、情報の高速化も手伝い、「日本とは、日本人とは、自分とは」、という疑問に直面することが多くなったからだと思います。

最終的には他国の人に日本文化を語れるかどうかになりますが、その先に「自分は何者か?」というところに行き着くことになります。そして文化を理解することは、生死と共に生存のための道標を得るためだと気付くはずです。

私も若い頃から日本文化を考えて来たひとりですが、きっかけは木造建築の設計で、以来道連れのような存在となり、多分息絶えるまでこの関係は続くと思います。

若者たちは「いかに生きるか」を私に問い、参考や手本にしようとしてくれてはいますが、残念ながらこれには正解はありません。それぞれがそれぞれの正解を求めながら生きて行く以外にないからです。

「自らを灯しび」(自燈明)として生きるように、と釈尊も説いています。

そして自分の魂は貸すことはあっても決して与えることをせず、孤立無援にして自己の確立を目指し、他者の役に立ちながら生きること。

齢70にして今までのことを顧みても、このことは間違いない道標となって私の生き方案内をしています。多分これ以上、性分の変態性が昂じなければこのまま行くことになると思います。

若者の特権は先ず行動に移せること。行動こそ答えの泉。
そしてできることなら、五感を動員し、「手に得て心に応ず」を実践して身体が先に感応できるようにと勧めています。

それから文化は比較できないこと。他国の文化と比べても比べようがなく、そのまま受け止める以外にないと伝えています。
先年ブータンへ旅した時、特にこの念を強くしました。国民の幸せはその国の尺度でしか計れないし、国と国との争いは文化の破壊の戦いだということも付け加えています。

自国の文化を識ることは自分を知ることであり、どのように生きて行くかを探る行動でもあります。この問いかけは生涯続くように思います。

写真:上 ブータンの祭り
中 ブータンの工事現場
下 飛騨「水無神社」の祭り

 

 

 


2017年6月11日