日本のすがた・かたち

2009年2月6日
志向

HP-79.jpg子どもらに遺せし春の優しさは
今も大和に絶えず続きぬ

“志向”は何によって生じるのですか?
若者にそう訊かれたことがあります。
4次元とか6次元の世界について話をしていた時のことです。
その時、私は、「そう思う意志だ」と答えたのを覚えています。最近同じような問いかけをされたことで、その情景を思いだしました。
唐代の高僧 趙州禅師の問答ではありませんが、未だに私の裡では“そう思う意志”が全ての始まりとなっていることには変わりなく、何かの理由で胸の中が曇ると、それを指さしてくれた太田洞水(とうすい)老師を思い出します。
洞水老師は道元禅師の行履(あんり)をたずね、妻子も寺も持たず、座禅三昧で生ききった誠の僧といえるお人で、以来、私の出家観はここから一歩も出ることはなく、お坊さんの人物評価基準ともなり、他の僧侶と交流する上で困ったこともありました。
あれから30年。今にして思えば、私が老師と接した2年半で学んだことは、「無私なる思い」だったような気がします。
タテ、ヨコに高さを乗じれば立体の3次元世界。それに時間を乗じて4次元で、アインシュタインのE=mc2乗の世界。しかし、それだけではこの世は成立せず、それに勢力(エネルギー)の5次元と、その志向があって6次元の現世界が成り立っていると。後年、それを知りました。
全てのことは、その志向が鍵をにぎるっているのではないか。
これがずっと私にとっての解けることのない知恵の輪のようになってきていました。
志向は意志であり、素粒子の中に存在するといわれるエネルギーと情報の、その情報のようです。
なぜ自分の思うことが叶うのか。これを解く鍵があるとすれば、崇高な思い、無私なる思いのような気がします。それは宇宙の意志となり得るものかも知れません。
何かに向かうとき、一心に思いを込め、ただ只管それに向かうときは、宇宙と一体になり、他のためになることをも意識せず、物事が成就するような気がします。
先人はその“意志”がツミやケガレに覆われることなく、好悪や私利私欲にとらわれず、功名に走ることがなきよう、その美しい仕組みを遺してくれてきたようです。和の心です。
和の心は「無私なる思い」の最たるものかも知れません。
何事にも和みの思いを込めてみる…。私はこの頃、自分に一番力が出る状態があることに気がつき、そう思うようになりました。
(趙州従諗・じょうしゅうじゅうしん)(778~897)
                                                                                                                                                                                                                                                    


2009年2月6日