
(MOA美術館所蔵)
瑞雲茶会のご馳走のひとつに利休の書状があります。
秀吉は大のお茶会好き、戦いの最中であったも権力と余裕を,敵に
見せ付けるために、大勢の人を呼んでお茶会を何度も催しました。
この書状は、利休が秀吉の小田原攻めに随行して、熱海に来た時に
温泉に入ったときのことを、京都に帰ってから羽柴下総介にあてて書
いたものです。
旅先の利休のもとに羽柴下総介が陣中見舞いとして、寿司を差し入
れてくれたことに対し、礼状を書きしたため、和歌を添えました。
「更ぬれはあたミの洞の露とともに苔のむしろをやとりとそする」
長期間の旅の不自由さの中で、古田織部とともに熱海の温泉で疲れ
を癒したのでしょう。
今も昔も温泉は心身をリラックスさせて、明日への活力になるのです。
熱海の街のあちらこちらから湯が湧きでているので、何処の湯なのか
わかりませんが、「熱海の洞の露」とあることからして、熱海温泉の中
でもいちばん東側にある、伊豆山の走り湯という可能性もありますね。
伊豆山の走り湯は、湯質の良い温泉を江戸まで走って運んだことから、
走り湯といわれていると思ったら、湧き出ている湯が走るように海に流
れ込んだということのようです。
洞の中に入ると、今でも穴の下のほうからゴーゴーという不気味な音が
聞こえてきて、蒸気が吹き出ています。
温泉に入った書状は、日付けから見ると、伊豆の韮山の竹で作った銘
「園城寺」の花入れに添えられた有名な「武蔵鐙(むさしあぶみ)の文」
のあとに書かれたもののようです。
利休や織部が韮山や熱海に来たことと、今回の瑞雲茶会の道具組みを
考えると、このイベントの「和は環である」にたどりつきます。
めぐりめぐって熱海でこのようなお茶会をすることになっていたのでは。
この時代と現在がとても近くなった思いがして、なにか深い縁を感ぜず
にはいられません。
そして、今回参加してくださる大勢の方たちに満足していただけるお茶
会にしたいと念じています。
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