KNOBさんの鋸山
コーディネーターの佐々木です。
鋸山へご一緒したノブさんがHPに登山のことを書かれました。
ご紹介させていただきます。
鋸山は名前のごとく 峰の稜線の幅が薄く 2~3メートルのところもありました。
新之介さんの健脚には舌を巻きました。
鎮魂の登山
先日、登山した房総半島の鋸山。過去に宗教家が天啓を受けた霊山との話しだった、、、
僕たちは朝3時30分、懐中電灯と僕は蝋燭を手に暗闇の山中に分け入った。他に登山者は
誰もいなかった。約1時間30分で頂上に到着。だけれど、三角の山ではなく、左右に長く本当
にノコギリの刃のような地形で、頂上が何箇所もある。朝日の出て来る方向に真向かえる場所
を探していくつもの頂上にたどり着いた(笑)でも東が見える場所がなかなかない。
だんだんカラスが鳴き交わしはじめ朝がやってきた。
ネイティブインディアンのある部族は朝日は昇ってくるのではないと言う、、、太陽は動かない。
地球が太陽を光を目指して動き続けている、、、僕たちは光に向かって生きているんだ、、、と。
若いころ僕はこの考え方に影響を受けた。
残念だったけれど、雲が多く朝日は見えなかった、、僕は朝日に、ではなく鋸山に音を紡いだ。
奈良時代やそれより遥か昔、ここは山岳修行者たちの霊山だった。登山の最中、地場が変わ
りエネルギーを感じた場所もあった。だけれど、山自体が少し弱ってる、、、と直感した。ここは
江戸時代から大量に採石された。その石切り場は、今は人の気配はなく自然に還りつつある、
まるでインカやマヤの遺跡のようだった。
ある石切り場に来た時、ここでは沢山の人が亡くなっている、、、そう感じる場所があった。壁面
には仏さまが彫られていた。採石していたのは女性たちだった。命がけの重労働だったことだ
ろう、、、僕はその場で、御霊のひとりひとりにディジュリドゥで般若心経を上げさせていただい
た。
ここには日本寺というお寺があって、巨大な観音さまがおられた。観音さまがこの場所と沢山
の御霊を導いてくださるように、手を合わせた。とても濃厚な時間だった。
久しぶりに新之介さんとゆっくりお話しもでき、年末から南極に向かう村上佑資くんや新之介組
の方々ともいい時間を分かち合えた。この鋸山に来る二日前から胃に何かが詰まったような筋
肉痛にも似た変な痛みがあったんだけれど、不思議なくらいにいつのまにか消えていた、、、
僕の力ではなく、ディジュリドゥという木の響き、振動は生きる者 、かつて生きていた者、あらゆ
る生命を導いてゆくような力があると実感しています。そういう目には見えない、作用があるか
らこそ、アボリジニの人々は何万年もの時間、代々大切に繋いできたんだろうと感じます。そん
な大切な心を日本の地で日本人として引き継いでいきたい。宗教以前の人の自然な祈りの心
を大切に、祈って音を紡いでいきたい。
石切り場の入口に、一本の若木があった、、、清浄感がある木。このまだ小さないのちがこの
鋸山の御神木となっていくのかもしれない。
再生、復活、そんなエネルギーを感じる鋸山だった。
合掌。KNOB拝
http://www.knob-knob.com/ (日々の感動より)