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藤枝の大祭り

 先週末は藤枝の三年に一度の大祭りに参加してきました。これまでにも何度かうかがったことはあるんですけどね、このたびは「白子(しろこ)」という地区の屋台に「芸人」として乗務いたしました。

 藤枝市の旧市街(いくつかの村や町が合併して藤枝市になったのだそうで、旧市街がもともとの藤枝なのだそうです)を各地区の屋台が私達芸人(長唄囃子連中)を乗せて街中を移動しては、かどかどで日本舞踊を披露します。江戸や上方の文化の行き交う東海道の、宿場町ならではのお祭りといえるでしょうね。

まるで太古の恐竜のように

 現在、街には十四の屋台があるそうですが、街中の驚くほど細い路地まで入って行くときには滅多に出会うことはありません。時として通りの角のすぐ先に他所の屋台を見かけることが稀にあっても、密林で出会った巨大な草食の恐竜同士のように相手を追うでもなく、避けるでもなく、しかしお互いを充分に意識しながら、また離れていきます。

 夜ともなると大通りで停車する他所の地区の屋台の屋根に取り付けられた二つのヘッドライトが、まるでこちらのパフォーマンスを見つめているようにも視えます。しかし、屋台同士は決して目を合わせることなくすれ違っていくように視えるのです。

熱海にもこんな祭りがあったら

 そう、本当に思いました。熱海にはこういう祭りがなければいけませんね。山道は屋台は持ち上がらないでしょうから海岸通りをパレードしてね。地方(じかた:伴奏者のことです)はプロを喚んで、踊りは芸者衆に踊らせましょう。花火大会とセットでね。

「だんじり」や「博多山笠」みたいな勇壮な祭りもありますけれど、静岡にはあのようなのんびりした、されど都会的な雰囲気を漂わせた祭りが似合うんじゃないかと思うのです。

 いつの日か「F1グランプリ」を熱海の市街地コースに誘致して、その前座で屋台のレースをしても面白いかもしれません。屋台にはターボエンジンを積んで、地方はみんなお揃いのヘルメットをかぶって…

お彼岸@広島

 今年のお彼岸は広島で迎えました。ここは私にとって、もはや特別な街です。

 私が広島に通い始めてから、はや14年になろうとしています。正直、こんなに続くとは思いませんでした。実はこの14年の間に広島でお弟子やら知り合いやらが4人も亡くなっております。

 亡くなられた方のうち3人が「急性白血病」という血液のガンに侵されて、それこそあっという間に亡くなりました。おわかりになります? 皆さん、原爆に遭われてるのですよ。

 8月になると広島は、長崎と共に世界中に向けて特別な街であることを主張します。そしてこの街に住む人々は9月の彼岸にはあの夏の日に逝った人達のことを、そして今年また新たに亡くなった人達のことを想い出すのです。

 明治維新以降、この国の歴史はあの夏に一つのピリオドがうたれたのだと思います。そのピリオドがうたれた日より後に生まれた私達は、未だに道を探して迷走しているかのようなこの国の未来を信じきれないでいるかのように視えます。

「過ちは二度と繰り返しませぬから」 …本当ですか?

あっという間に

 9月も半ばになっちゃいました。少しですけど暑さも和らぎましたでしょうか。

 先に書きました通り、この9月前半は今までになく芸大的な日々を過ごしました。東音会のリハーサルから始まって芸祭、「和楽の美」と私、学生時代から考えてもこんなに毎日芸大に通ったことはないです。

 今週の「週間新潮」によりますと、5日の東音会でやった交響曲「鶴亀」は今上天皇のご生誕を祝って1934年に創られたものだそうです。陛下はそれをお孫さんのお誕生日祝いに初めてお聴きになられた訳ですな。東音会もなかなか粋なことをなさいます。

「和楽の美」は「芸大120周年」の記念上演ということで、盛大に催されました。邦楽科大集合に加えて、洋楽のオケも参加の超大編成のエンディングはなかなか感動的でした。こういうことは芸大ならでは、というところでしょう。他所じゃできませんよ。

 坂東三津五郎丈が演じられた坪内逍遥先生はそのままお立ち台の上に載せて、早稲田の構内に飾っておきたいくらいそっくりでありました。さすが、であります。

伝統

芸大系な今月
 今月は長唄東音会の50周年記念演奏会と芸大の特別企画「浦島」というお仕事をしています。このお仕事、どちらも芸大系なんですね。


東音会とは
 「東音」というのは「東京芸大音楽学部」の略なんですね。そこの出身者で結成された(それが50年前ということなのですね)流派をこえた長唄の会であります。

 そこで最後に演奏されるのは山田耕筰先生の長唄交響曲「鶴亀」という、伝統的な邦楽と西洋のオーケストラを融合させたという大胆な発想の元に創られた、なんとも壮大な曲であります。

 私達の伝統的な長唄『鶴亀』に対し、オーケストラがそれに重厚な伴奏で答えるという形式がとられていますが「和洋折衷」という言葉で片づけられない迫力があります。

 武満徹さんの「ノヴェンバー・ステップス」より30年も前にこれを創られた、山田耕筰先生の想像力には恐れ入ります。


芸大では
「和楽の美」というシリーズのコンサート、というか、舞踊や演劇もつくからパフォーマンスといった方がいいのかわからないんですけど、そこで坪内逍遥先生の「浦島」を楽劇としてやります。本邦初演ですゾ。

 ストーリーは私達の知っている「浦島太郎」のお話とは少々違って、浦島さん、なかなか複雑な過去をお持ちのようです。

 坪内先生の台本には音楽の指定が事細かにされておりまして、モノスゴイことになっています。

 長唄はもちろんのこと能楽、常磐津、筝曲はいうに及ばず、しまいには浪曲や小歌まで出てきて芸大の教授連を少なからず慌てさせたようです。芸大には浪曲と小歌の専門家はいないのでそこは編集させていただいたようですが、そのままやったらもっとスゴイことになるでしょうね。

 大詰めでは洋楽になることになっております。それを清元の三味線方、栄吉さんという人が作曲するという、いっけんヤヤコシイことになっておりますが、彼は作曲科を出ているのでなんの問題もないのでご心配なく。栄吉さん、なかなかいい曲を書きます。

 この洋楽部分は「坪内先生がこの台本を書かれた当時の演奏家や作曲家の技量がそこまで追いつけなくてボツになった」なんてウワサがまことしやかにささやかれるほど、当時の日本としては画期的な作品だったようです。


ここまで来ると
 私、明治から昭和初期にかけての、なんか「芸大イズム」みたいなのを感じるんですけれど、どうでしょう。これもある意味「伝統」という訳です。

和の心にて候

初めまして

 皆さん、こんにちは。邦楽打楽器演奏家の望月太喜之丞です。日本の伝統的な打楽器、小鼓を演奏したりするのをお仕事にしてます。

 このたび、来たる11月23日〜25日に熱海のMOA美術館にて催されます「和の心にて候 in 熱海」という、なんとも刺激的なイベントのライブに出演いたすことになりました。もちろん小鼓を演奏するんですよ。残念ながらヘビメタじゃないです。

 ついては「和の心について語れ」というこれまた刺激的なお題を頂戴しまして、ここにブログを開設いたすことに相成りました。

 さてさて、どうなりますことやら…


和の心といいましても

 私、たまさかこのようなお仕事をしておりますから、モノスゴク古いタイプの日本人に見られちゃうんですけどね。イヤ、日本人は日本人なんですけど。普段からフンドシを締めて着物を着て歩いてるとかって訳じゃないんです。もう、ごく普通… パンツ穿いてます。トランクス。今のチョー日本的なお仕事だって気がついたらやってたようなものです。

 そんな私が「和の心」なんていうと、昔の日本について語りだしちゃいそうでしょ? 実はそんなことは到底無理なので、これから「和の心とは?」とみたいなことについて一生懸命考えてみたいと思うのであります。

 私にとってこれは自分を見つめる善いチャンスかもしれません… などと思いつつ、文章を綴ってみたいと思います。あんまり筆マメではありませんががんばりますので、どうぞ宜しくお願いいたします。

2008年07月

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望月太喜之丞
(邦楽打楽器演奏家)