光は走る
やはりそうだったのか、と思いました。
千葉鋸山の行基菩薩と弘法大師。
箱根強羅は岡田茂吉。
山梨七面山の日蓮大菩薩。
愛知一宮真清田神社の天火明命(アメノホアカリ・天孫族)。
京都綾部の出口王仁三郎。
出雲の大国主命(オオクニヌシ・出雲族)。
そして釜山、光州から中国日照港を経てインドの聖地ルンビニの釈迦牟尼仏。
その先のエルサレムを通り。そして再び日の本へ・・・。
いずれも北緯35度ライン沿いに出現した我が国の大徳たち。
そう、やはり東方の光は西方をめざし、その黄道軸線上に稀なる聖人を生んでいました。
光の走る道には、それぞれの聖なる人々の足跡が刻まれていて、あの日、鋸山の大いなる「気」は、私にそれを見せてくれたのでした。
また、一宮から南北の軸線上に、北は飛騨位山の一之宮水無神社の天火明命。南方に伊勢神宮の天照大神(アマテラス)。偶然というには少し戸惑う符牒の一致でした。
太陽のエネルギーを基としたこれらの神業は、いくつもの波動で私の胸をたたきました。
今、私の脳裏には、次の祭事、「和の心にて候」の幾つかの情景が見えています。光の走る道を歩き出したのは決して気のせいではなかったようです。
鋸山山頂に吹いていた風は私を導き、いざなう光の風のようでした。
近く、また皆さんと日本人のすがた・かたちを見ることになりそうです。
コメント (2)
“和の心にて候”がどうして気になるのかしらと昨年のin熱海のコメントを読んでいました。「実現したい事三つ」私にも子供たちのために私に何かできる事があったらの思い、普遍的な文化のことやかたちは私が知りたいと願っている事。もう一つはさて置いて、自分の為にやり続けると楽しい生き方が出来そうなめぐり合いを感じています。
新しい“和の心にて候”がどのようになるのか私にも確かめさせて頂けませんでしょうか?
投稿者: じゅん | 2008年10月06日 23:07
日時: 2008年10月06日 23:07
≪ 歩くとて同じ道行く人あらば
旅する杖の軽き楽しき ≫
投稿 深謝九拝
投稿者: 旅の僧 | 2008年10月08日 17:13
日時: 2008年10月08日 17:13