Top > 和の心にて候in熱海実行委員会 > 代表ごあいさつ

「和の心にて候in熱海」の終宴によせて

 11月23日子供たちの日、24日熱海瑞雲茶会、25日能楽堂ライブ「九天飛翔」と3日間にわたる「和の心にて候in熱海」は盛会のもとに幕を閉じる事が出来ました。

 今年1月実行委員会を立ち上げましたが、素人とボランティアの集合ですので、企画、マーケティングやポスター、ブローシュアの製作、プレスリリース、チケット販売ルートなど多くの面で、遅々とした進行にならざるを得ませんでした。しかし、この催しは「社会性のあるチャリティ」という基本的考え方をもとに、延べ2,000人を超えるボランティアの協力を得ながら、素人集団らしく進めました。

 幸い地元熱海市、氏神様である来宮神社、そして500人の子供たちを動員してくれた市の教育委員会やガールスカウト日本連盟などの後援を得たことが、この成功の一つの鍵であり、又美しく広大な瑞雲郷に展開する茶苑や能楽堂、水晶殿を提供いただいたMOA美術館の多大なご協力があったればこその盛会であったと思います。そして、何よりもご協賛をいただきました皆様、当日会場に足を運んでくださいましたお客様お一人お一人に心より感謝をしております。ありがとうございました。

 企画演出の太田新之介氏は、意識するとしないとにかかわらず、私達の血の中に、DNAの中に「和の心」がまるで天井川の伏流水のように、富士の伏流水のように、普段は目に見えないだけで滔々と流れていると言います。その流れを時々、このような歌舞音曲で目に見える流れにしてみたいと主張しています。そしてこの事、この流れを時代を担う子供たちに伝える義務があると。

 さて、この熱海は知ってのとおり温泉の町です。市内には90℃を超える温泉が湧き出し、この地下すぐ下には500 - 1、000℃のマグマが地表近くにあるのです。熱海火山の火口の縁に、世界でも類を見ない街が形成され、そのフツフツたるエネルギーを求めて、家康はじめ、明治以降多くの文人墨客、芸術家、政財界人が集い、住み、この地を愛し、作品を創り、日本の針路を策してきました。私はこの地熱海ほど文化・芸術を発信する地としてふさわしい町はないと思っています。

 「和の心にて候in熱海」がその発信のスタートになったという確信と、「和の心にて候」が土地を変え場面を変えながら、人の和と輪を広げてゆくことを希求するものであります。
                                       
平成19年12月10日
実行委員会代表
酒井 義幸

 
 

ごあいさつ 「和の心にて候」in熱海 開催にあたって

実行委員会代表 酒井 義幸

 昨年11月に、旧東京音楽学校 奏楽堂(重要文化財)で行われ、好評を博した『和の心にて候』。今年は、私の第二の故郷である熱海にて、開催させて頂くことを、たいへん嬉しく思っております。

 私にとって「和の心とは何か」と物心ついた頃からのことを振り返ると、読み物といえばツルゲーネフ、トルストイ、スタンダール、ジイド、カミュといった翻訳文学との出会いであり、音楽といえば、中学・高校時に歌ったフォスター、成田為三やあるいはベートーベン、チャイコフスキーの交響曲に衝撃を受けたこと、メンデルスゾーン、ショパンに涙腺をゆるめたといった体験です。皆々西洋音楽なのです。そして食生活では、米は毎日食べるものの、スパゲティ、ステーキ、カツカレーであり、生野菜にサラダドレッシングという状況です。最近(3月7日)のサンケイ新聞紙上、国語学者 大野晋(すすむ)氏の談の中で、作家志賀直哉も、「古典にある伝統的日本語を知らなかった」という意味のことが報じられていましたが、「小説の神様」ですらこのように断じられるわけですから、明治維新後の日本人が、いかに「洋」を耳にも胃腸にも頭脳にも積極的に注入し続け「洋」を追い続けてきたことが分かります。

 敗戦後の民主化教育の盛んな時期に中学・高校を過ごした私には、国旗掲揚と君が代を唱う体験が無く、社会科の授業においては「米国の農業は素晴らしい、広大な土地を巨大なコンバイン・マシンが疾駆し、狭く畦道で区切られた日本の農業の生産性は遠く及ばない」と教えられたわけですが、後年やっと「米づくりは水を漲るために、小さく区切る必要がある」となぜ教えてくれなかったのかと、疑問が湧いてきたものです。昨年来藤原正彦教授の「国家の品格」が200万部を超えるセラーを記録していますが、「和の心」への渇望のようなものが、多くの日本人の心底にあるように思えます。

 昨年12月半ば、旧友太田君と数年ぶりに会食をした時、「来年の秋熱海で『和の心にて候』ライブをしたいのだが・・・」男子三日見ざれば刮目して見よの箴言のとおり、話を聞いて血湧き心躍るものがありました。私にとって「和」や「大和」といったものは「洋」と対比の中で、あるいは「洋」に埋没した生活の中での「洋」への反発、という形でしか意識していませんでした。

 ところが、太田氏は「それは違う」と言います。「和の心」はいつもわれわれ日本人の血潮の中に滔々と流れていて、ただ伏流水のように外から見えないだけなのだと。そして、今回の『和の心にて候 in 熱海』は、私たちの、そして彼自身の「和の心」を呼び起こすための大きな試みであることを知りました。私の中に滔々と流れる伏流水。もしそれに、気づくことができたら、それは同時に、祖父母から父母へ、父母から私へ、そしてはるか向こうの先人から続くものであり、その流れの力強さに勇気付けられるに違いありません。

 この熱海でのイベント・試みが共感を呼び5回・10回と土地を変え、場面を変えながら連続してゆくことを願い、皆様の深いご理解とご支援を賜りたく、お願い申し上げる次第です。

平成19年4月
実行委員会代表
酒井 義幸