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ひらひらと

太田先生が企画・構成・演出をされる能楽堂ライブ『九天飛翔』の演出メモ
を冊子にしています。ライブの様子が、文と絵で記されています。

昨日は、その編集打合せ。

  「あっ、そうだ! もう少し蝶の絵を描きたいんだ」(太田先生)

と、太田先生は原稿の各ページに蝶を描き始めました。

今まで、何度と無くこの蝶を描かれたのでしょう。少し丸い鉛筆の芯の先か
ら、あっと言う間に、蝶がひとつ、ふたつと生まれてゆきます。
 

chow.gif
 


  「そもそも、その蝶は何を意味しているんですか?」(僕)

  「これ…? これは私(笑)」

そう言いながら、もう一匹、出演者の絵の頭上に蝶を舞わせました。

  「んっ? 演出内容をチェックしている、演出家の蝶…?」(僕)


以前から気になっていたことを訊ねてみることにしました。

  「"蝶は再生のしるし"と言う人がいますが、何故ですか?」(僕)

 太田先生は、「蝶のイメージは、再生よりも死」とおっしゃり、荘子香合
の『蝶の夢』の話しを教えてくださいました。

 荘周が夢を見て蝶になり、蝶として大いに楽しんだところ、夢が覚める。
その夢が人間の死生観をとてもよくあらわしていたとのこと。

  「死があるから生がある。そういった意味で再生とも言える」

 すこし赤く充血した目を細めながら、そうおっしゃいました。太田先生は、
ここ数日、ほとんど寝てらっしゃらないとのこと。


 かつて、日本人は「人は一日に一度死ぬ」、つまり「寝ること」イコール
「死ぬこと」と考えていたそうです。そして、翌朝目が覚めて生まれ変わる。

 では、徹夜をすると、その一瞬だけでも、死から免れていることになるので
しょうか。死(時間)という制約から放たれるから、徹夜仕事は恍惚と疲労
のはざ間に浮かんでいる感じなのでしょうか。

 でも、数日も徹夜が続くと、身命を削っているような感覚になるのは
何故でしょう。


 この状態は、いったい、生きているのか、死のうとしているのか。

 ここは、あの世なのか、この世なのか、それとも、その際なのか

 どちらでもあり、どちらでもなく、どちらでもよく。

 あちらにいったり、こちらにいったり、いく先も、軌道も定まらず

 蝶のように、ただ、ひらひらと


 ひらひらと
 
 
 
(*)蝶イラスト 太田新之介