母がくれた紙
子供の頃、僕のお絵かきの場所は、新聞の折込みチラシの裏側でした。
母は裏面に印刷がされていないチラシを見つけては、「ここにお絵かきしな さい」と、僕にくれたのでした。でも、僕が直ぐに書き終えてしまうと、「あら、もう裏が白い紙がないのよ」と、今度は卓袱台の上の新聞紙を何度もめ くっていました。
やがて、印刷技術が進み、両面印刷のチラシが増えてくる と、「お絵かきする紙が、なくなっちゃったね」と、母は少しさびしそ うに言いました。
太田先生は、子供の頃から巻紙に物書きをしていたそうです。お母様の家系 のお仕事の関係で、いつも身近に和紙の巻紙があったのだそうです。
チラシの裏側からはみ出したら終りだった僕の落書きとは違い、太田少年 の物書きは、巻紙が一本終わるまで、いや、たとえ終わってしまっても、もう一本新しい巻紙をつなぎ合わ せて、際限なく続いたそうです。
そして、今でも太田先生は、企画書を創る際は巻紙を使っています。
パソコンのディスプレーでスクロールしきれなくなった時点で、思考停止す る僕の企画とは違い、太田先生の企みはどこまでもどこまでも続くようです。
以前、こんな歌を聞かせてくださったことがあります。
たらちねの母こそ我のいのちにて
宙(そら)ゆく星も 神も 仏も
歌 太田新之介
(私たちの想像力は、あるときは、宇宙も超えてしまうほどにどこまでも広 がり、大いなる力さえもその創造力の中にある。しかし、その無限とも思え る想像力を持った私たちは皆、有限なるひとりの母より生まれてきたのだ。)
最近、僕は裏面が白いチラシを見つけると嬉しくなることがあります。 あの時、僕にお絵かきの紙を見つけられなかった母が、今でも探してくれて いるのでしょうか。
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