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おちゃらけに茶々入れ

以前、太田先生にこんな質問をしたことがあります。

 「"茶化す"とか"おちゃらける"とか、ネガティブな意味合いの言葉の中に
  "茶"が使われるのはなぜですか?」

太田先生は、確かこんな説明をしてくださったと記憶しています。

お茶事の"かた・かたち"の中には、日本の文化・歴史が集約されているとい
うことのほかに、実はもう一つの大切な意味合いがある。

それは、"すべて茶にする"ということ。

太田先生はある時、大きな岐路に立たされ、あらゆる手を尽しても、もうそ
の先には進めないとという状況に行き着いてしまった時、奥様とお二人でお
茶事をなさったとのことです。

人生の難事や苦しみ、悲しみ、そして人の生き死にさえも、それはただそう
いうものだとそのまま受け入れ、すべては"笑って"茶にする、お茶とともに
流しさってしまおう、という考えが、お茶事には込められているのだ、との
ことでした。


僕は、映画『本覚坊遺文 千利休』(原作・井上靖)の中で、これから戦場に向
かう戦国武士達が、鎧兜で身体を覆い、利休の立てた最期の茶を嬉しそうに
服すシーンを思い出しました。


さて、準備から実行まで一年の大半を投じた『和の心にて候in熱海』ですが、
最後は「収支報告会プラス納会」の様な形で締めくくられるものとばかり思っ
ていました。でも、それは間違いだったようです。

太田先生から実行委員の皆様にお茶事へのお誘いの手紙が届きました。

太田先生の実行委員の皆様への感謝の気持ちを表する茶事であるとのことで
すが、祭事の実現に当たり、語り尽くせぬほどに数多く生じた様々な出来事(?)
を、すべて茶にする茶事でもあるのかもしれません。

楽しみであります。

ぼうっと夢のように

太田先生から薦めていただいた必読書の一つ、谷崎潤一郎の『陰翳礼賛』
の中で、こんな箇所が印象に残っていました。

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諸君はまたそう云う大きな建物の、奥の奥の部屋へ行くと、もう全く外の光
りが届かなくなった暗がりの中にある金襖や金屏風が、幾間を隔てた遠い遠
い庭の明りの穂先を捉えて、ぼうっと夢のように照り返しているのを見たこ
とはないか。

                                    『陰翳礼賛』より
------------------------------------------------------------------------------------


ない。

でも、見てみたい。


昨日KNOBさんが、竹藪の中に灯された五千本の竹蟷螂の中で、太田先生作の九
天飛翔を演奏されていました。

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その照り返しは、夕暮れの地平線のように、あたりの闇へ実に弱々しい金色
の明りを投げているのであるが、私は黄金と云うものがあれほど沈痛な美し
さをみせる時はないと思う。

                                    『陰翳礼賛』より
------------------------------------------------------------------------------------

谷崎さんが言う"ぼうっと夢のような照り返し"とは、こんな感じか。

DSC_03790001s.jpg
(九天飛翔、竹蟷螂の灯りの中で)
 
 

朱色の蝶が舞う

 「白地に黒でタイトルを入れる」(太田先生)

能楽堂ライブ『九天飛翔』冊子の表紙のイメージでした。

 「えっ? 白地に黒ですか?冷たい感じになりませんか」(僕)

僕は太田先生の意図を、理解することができませんでした。

 「まあ、そうかもしれないね」(太田先生)

と、太田先生は言い、少し笑っただけで、それ以上は語ろうとしませんでした。


リハーサルの初日、太田先生は楽屋で風呂敷包みの中から、出来上がったばかりの冊子を取り出して、出演者の方々お一人お一人に手渡しをされていました。

 「これ、できましたんで、どうぞ」(太田先生)


そこには、太田先生手書きの朱色の蝶が、一冊一冊に描かれていました。

『九天飛翔』冊子


ひらひらと

太田先生が企画・構成・演出をされる能楽堂ライブ『九天飛翔』の演出メモ
を冊子にしています。ライブの様子が、文と絵で記されています。

昨日は、その編集打合せ。

  「あっ、そうだ! もう少し蝶の絵を描きたいんだ」(太田先生)

と、太田先生は原稿の各ページに蝶を描き始めました。

今まで、何度と無くこの蝶を描かれたのでしょう。少し丸い鉛筆の芯の先か
ら、あっと言う間に、蝶がひとつ、ふたつと生まれてゆきます。
 

chow.gif
 


  「そもそも、その蝶は何を意味しているんですか?」(僕)

  「これ…? これは私(笑)」

そう言いながら、もう一匹、出演者の絵の頭上に蝶を舞わせました。

  「んっ? 演出内容をチェックしている、演出家の蝶…?」(僕)


以前から気になっていたことを訊ねてみることにしました。

  「"蝶は再生のしるし"と言う人がいますが、何故ですか?」(僕)

 太田先生は、「蝶のイメージは、再生よりも死」とおっしゃり、荘子香合
の『蝶の夢』の話しを教えてくださいました。

 荘周が夢を見て蝶になり、蝶として大いに楽しんだところ、夢が覚める。
その夢が人間の死生観をとてもよくあらわしていたとのこと。

  「死があるから生がある。そういった意味で再生とも言える」

 すこし赤く充血した目を細めながら、そうおっしゃいました。太田先生は、
ここ数日、ほとんど寝てらっしゃらないとのこと。


 かつて、日本人は「人は一日に一度死ぬ」、つまり「寝ること」イコール
「死ぬこと」と考えていたそうです。そして、翌朝目が覚めて生まれ変わる。

 では、徹夜をすると、その一瞬だけでも、死から免れていることになるので
しょうか。死(時間)という制約から放たれるから、徹夜仕事は恍惚と疲労
のはざ間に浮かんでいる感じなのでしょうか。

 でも、数日も徹夜が続くと、身命を削っているような感覚になるのは
何故でしょう。


 この状態は、いったい、生きているのか、死のうとしているのか。

 ここは、あの世なのか、この世なのか、それとも、その際なのか

 どちらでもあり、どちらでもなく、どちらでもよく。

 あちらにいったり、こちらにいったり、いく先も、軌道も定まらず

 蝶のように、ただ、ひらひらと


 ひらひらと
 
 
 
(*)蝶イラスト 太田新之介 


ロング・インタビュー

2週間前、太田先生にインタビューをお願いしました。

テーマは11月25日に開催される能楽堂ライブ『九天飛翔』について。
当時太田先生は、演出台本作成中の真っ最中でした。

場所は三島のご自宅。お話しは、宗教比較論から茶花まで、相対性理論から
量子物理学まで、ランボーの随筆から万葉仮名について。そして「和の心に
て候」の候に込められた本当の意味は、等と広範囲にわたり、インタビューは5
時間を超え、僕が持参した携帯録音機の2ギガのメモリーカードがフルになっ
て終了しました。

このロング・インタビューで最も印象に残り、また今回のインタビューの核
心を表していると感じた言葉。

それは、5時間のインタビューの本当に最後の方で、太田先生がおっしゃった
言葉でした。


  「いやぁ、俺もよくわかんないんだよ」


19歳の時、アインシュタインの相対性理論と量子力学を統合する数式を発見
した世界的宇宙物理学者、フリーマン・ダイソンのこんな言葉を思い出しま
した。

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 偉大な物理学者だった私の恩師リチャード・ファインマンは、「疑問とは
 理解を妨げるものではない。疑問こそ理解のエッセンスだ」とおっしゃっ
 ていました。

 ですから、私が「わからない」という時は、「わかり始めている」という
 意味なのです。

                       フリーマン・ダイソン
-------------------------------------------------------------------


インタビューから二週間がたった今日、「ライブ出演者の皆さんに送ってく
ださい」というメッセージとともに、太田先生から能楽堂ライブ『九天飛翔』
の演出台本が届きました。

DSC_01002007-09-260001_1.JPG


能楽堂ライブ、いよいよリハーサルが始まります。
 

勢ぞろい

これは、先日の成功祈願祭の写真。樹齢二千年の大楠さまの前で、出演者、
実行委員、そして応援してくださる皆さんが整列。

これを、写真撮影の師匠(?)に見せたら、こんなコメントが。

 「0歳、20代、30代、50代、60代、70代、…2000代」

DSC_01112007-09-090001.jpg


勢ぞろいですねえ。

みんな、木になって行くのだなあ。


 

憶えていること

太田先生がデザインされたディジュリドゥには、オーストラリア先住民アボ
リジニの聖なるチュリンガと、雷が描かれています。銘は『九天飛翔』。
11月25日のライブのテーマでもあります。

イギリスの作家、ブルース・チャトウィン(Bruce Chatwin)がアボリジニの神
話を巡ってオーストラリアを旅した後に出版した『ソングライン(The Songlines)』
の中に、このチュリンガについて説明している部分があります。

旅を始める前日、アリススプリングのバーで、酒に酔った自称"活動家"の若
者キッダー(シドニー(都会)出身の若者)に、ブルースが絡まれるシーンです。
 
 
songlines.gif

-------------------------------------------------------------------

'What is a turinga?'
'A sacred board,' I said. 'An Aboriginal's "holy of holies'.
Or, if you like, his 'soul'.

A tjuring is usually an oval-ended plaque, carved from stone or
mulga wood, and covered with patterns which represent the wanderings
of its owner's Dreamtime Ancestor. In Aboriginal law, no uninitiated
person was ever allowed to look on one.

'Have you seen a tjuringa?' Kidder asked.
'I have.'
'Where?'
'In the British Museum.'
'Did you realise you were acting illegally?'
'I never heard anything so silly.'

Kidder folded his arms and squeezed his empty beer can.


(日本語訳)

 「あんたは、チュリンガが何だか知っているのか?」(キッダー)

 「聖なる基盤」と僕は答えた。(ブルース)

 「アボリジニの人々にとって最も神聖なるもの。
  もしくは、彼等の魂そのものと言ってもいいかも知れない。」(ブルース)

 チュリンガは、通常は石またはマルガの木でできおり、楕円の額の様な形
状をしている。その表面には、この世界がまだ先人達の夢の中にだけに存在
していた時代に、先人達が行った創世の旅を表現した図柄が掘られている。
アボリジニの掟では、チュリンガは選ばれた者以外、見ることさえ許されていない。

 「見たことは?」

 「あるよ」

 「どこで?」

 「英国博物館」

 「違法行為だと思わないか?」

 「そんなばかな話し、聞いたこと無い」

 キッダーは、腕を組み、空になったビールの缶を潰した。


          『The Songlines』 Bruce Chatwin 著 / 訳責 青樹洋文
-------------------------------------------------------------------


さて、ある日、ある人が、この英国博物館にあるチュリンガの写真を、オー
ストラリア大使館の図書館にある百科事典の中で見つけ、そのコピーを太田
先生に渡してしまったのです。

 「昔この文様を描いたことがある、そんな記憶があるんだ。なぜだろう」
  (太田先生)

すると、太田先生はこの文様を何枚もの和紙に書き写し、何枚もの板の上に
も描き、楕円形の石にも掘り、そして最後には、黒く塗りつぶしたディジュ
リドゥの上に、稲妻とともに描いてしまいました。さらには、このディジュ
リドゥ、「九天飛翔」をテーマに、能楽堂でのライブを演出することを決め
たのでした。

nougaku_s.gif

そして、今度はあなたが、そのディジュリドゥが載ったライブの
フライヤーを目に留め、このライブに参加しようとしています。

もしかしたら、あなたにもこの文様の記憶が?
 
 
こんなこと書いてたら、飲みすぎて管を巻くキッダーに絡まれるかな?
  
 「Did you realise you were acting illegally?」

 「オォ、ワタシィ エイゴ ワカラナイデスネ」
 (↑英語ふうにお読みください。)
 

立ち姿 その二

昨日の成功祈願祭には、出演者の松千代さんをはじめ、熱海の芸妓の皆さん
が熱海踊り終了後駆けつけてくださいました。二千年という樹齢からか、僕
にはその姿は厳しく、怖くさえ思えてしまう大楠さまの前で記念撮影。

ところが、カメラのファインダーを覗いたとたん、樹齢二千年の大樹は自ら
その姿を、写真撮影のための優しい風景に変えたように見えたのでした。

そして、突然雲が切れ、太田先生と芸妓の皆さんに、晩夏の強い日が射し始
めました。

 
DSC_01332007-09-090001.JPG
太田新之介先生と熱海芸妓の皆様
 
 

立ち姿

昨日は太田先生のインタビュー収録のため三島のご自宅へ。今日は来宮神社
にて「和の心にて候in熱海」の成功祈願祭だったため、僕をご自宅の茶室に
泊めてくださいました。

目が覚めると朝6時。

「だれかに見られている」

そんな気がしたと思ったら、これと目が合いました。
 
DSC_00072007-09-090001.JPG
 
不空羂索(ふくうけんじゃく)観音

左手に持っているこの紐で、悪いものを捕まえて縛ってくれるのだそうです。

さては、寝てる間に、俺ごと全部縛ろうとしてたな。 
 
 

HP&ブログ拝見してます!!

こんなタイトルのメールが届きました。

「熱海瑞雲茶会録」を印刷していただいている(株)レーエの営業の瀬古さんからでした。同メール、ご本人からの承諾を得て下記にご紹介します。

お盆の最中に同社の事務所(東京・大門)で行われた色校正の打ち合わせには、太田先生に三島からお越しいただき参加していただきました。

=============================================

青樹 洋文様

お世話になっております。
レーエ瀬古でございます。

(中略)

先日は、太田先生にお会いできて、
また、いろいろ楽しいお話を聞かせて頂いて、
とても嬉しかったです。

お二人の想い、
このプロジェクトの壮大さ、
その1つひとつを肌で感じることが出来、
制作する立場の人間としても気持ちが入りました。

お二人のお話は、とても意味深くて、
ユーモアだったり、趣だったり、
また、核心を付くキーワードだったり、
「この言葉のいわんとすることは何だろう?」
そんなことが頭を駆け巡ってばかりで、
先生や青樹さんとのお話を
ただただ聞くだけになってしまいました。。。

先生からご指摘頂いたように、
まさに「営業ベタ」だということを痛感しましたね(汗)

まだまだ、若輩者は私ですが、
今後の活動に少しでもお力になれれば幸いと存じます。

本は、今のところ問題なく印刷進行中です。
ご安心ください。

HPとブログ、これからも拝見させて頂きますのでがんばってください。
私も、レーエのHPとブログ頑張ります。
今後ともよろしくお願いいたします。

また、文筆ながら、太田先生にもくれぐれもよろしくお伝えください。

取り急ぎ、ご連絡まで。

////////////////////////////////////////
PRINTING"?"SUPPORT
re-e:co.,ltd. 株式会社レーエ
http://www.ree.co.jp/

営業部 瀬古 貴義
////////////////////////////////////////

=============================================

ということで、『熱海瑞雲茶会録』は、間もなくお茶会お申し込みの皆さまのお手元に届きます。

DSC_00352007-08-300001.gif


母がくれた紙

 子供の頃、僕のお絵かきの場所は、新聞の折込みチラシの裏側でした。

 母は裏面に印刷がされていないチラシを見つけては、「ここにお絵かきしな さい」と、僕にくれたのでした。でも、僕が直ぐに書き終えてしまうと、「あら、もう裏が白い紙がないのよ」と、今度は卓袱台の上の新聞紙を何度もめ くっていました。

 やがて、印刷技術が進み、両面印刷のチラシが増えてくる と、「お絵かきする紙が、なくなっちゃったね」と、母は少しさびしそ うに言いました。

 

 太田先生は、子供の頃から巻紙に物書きをしていたそうです。お母様の家系 のお仕事の関係で、いつも身近に和紙の巻紙があったのだそうです。

 チラシの裏側からはみ出したら終りだった僕の落書きとは違い、太田少年 の物書きは、巻紙が一本終わるまで、いや、たとえ終わってしまっても、もう一本新しい巻紙をつなぎ合わ せて、際限なく続いたそうです。

 そして、今でも太田先生は、企画書を創る際は巻紙を使っています。

 パソコンのディスプレーでスクロールしきれなくなった時点で、思考停止す る僕の企画とは違い、太田先生の企みはどこまでもどこまでも続くようです。

 

 以前、こんな歌を聞かせてくださったことがあります。

 

  たらちねの母こそ我のいのちにて
     宙(そら)ゆく星も 神も 仏も

                      歌 太田新之介

 (私たちの想像力は、あるときは、宇宙も超えてしまうほどにどこまでも広 がり、大いなる力さえもその創造力の中にある。しかし、その無限とも思え る想像力を持った私たちは皆、有限なるひとりの母より生まれてきたのだ。)

 

 最近、僕は裏面が白いチラシを見つけると嬉しくなることがあります。 あの時、僕にお絵かきの紙を見つけられなかった母が、今でも探してくれて いるのでしょうか。

 

(昨年11月に開催された奏楽堂ライブの演出メモも、巻紙に書かれました。)

 

あべこべ

太田新之介先生の作品を見たときに、あることに気がつきました。

それは、『地球交響曲』という映画の中で紹介されていたアイルランドのニュー
グレンジ遺跡に似ているのです。その遺跡は、現実界と他界が交信する聖地
と言われているそうです。
 
 
天城の森・お野立所
「天城の森・お野立所」 設計 太田新之介
 
 
ニューグレンジ遺跡
「ニューグレンジ遺跡」
 
 
アイルランドの「ニューグレンジ遺跡」と、新之介さんの作られた「天城の
森・お野立所」。僕がそれらのふたつの場所から感じる共通する思い。


それは、

 「どうぞ、ここに降りてきてください」

というものでした。


このことをお伝えしたところ、太田先生はそれ以降僕を人に紹介するときに
「こいつは、富士山の絵を描くときに、右肩(東側)の宝永火口を左肩(西
側)に描いちゃうようなやつ」と言うようになりました。

"あべこべ"と言うことか。


もしかしたら、 「どうぞ、ここに降りてきてください」

じゃなくって、

これ自体が 「ふわーっと飛び上がる」のか。
 
 

五杯目のジョッキを飲み干したころ

太田先生は、万葉集を心から愛し、ご自身も歌をよまれます。

『熱海瑞雲茶会録』の中でも、先生の歌が紹介されています。


   来てみれば 桃山志野の井戸あらん
        群れ飛ぶ鳥に 神の聲きく
 
 
idochawan.gif


正岡子規さんも『歌よみに与ふる書』の中で、万葉集を絶賛しています。
先日、確か5杯目のビールジョッキを飲み干した頃だったと思います。
太田先生は、少し機嫌悪そうに、こんな話しをしていました。


 「正岡子規が"短歌"なんて言い方を始めたんだ。
  "短歌"じゃない。"和歌"だろう。"和の歌"なんだよ。
  それを、"短い歌"なんて言いやがって…
  おれは、絶対"短歌"なんて言わないよ。
  "和歌"だ。"和歌"!」


『和の心にて候in熱海』プロジェクト進行中。
(井戸茶碗イラスト:太田新之介)


  

瑞雲茶会とハリウッド映画

『熱海瑞雲茶会録』入稿の前々日に、表紙を変更したいとの電話が太田先生
からありました。

以前ご覧になったあるお芝居の舞台背景を例に挙げながら、そのイメージを
こんな風に説明されました。
 
 
 「緑青が白にグラデーションして、そこに朱の雲を浮かべる」(太田先生)

 「朱色の雲?熱海の空ですか?」(僕)

 「空なのか、海なのか、山なのか、
  そのどれもがともにあり境目の無い状態。
  輪郭ははっきりとせず、
  靄が掛かっているようにぼやっとしていて、
  見えているのか、見えていないのか、
  そのどちらでもない際の景色」(太田先生)
 
 
太田先生は、様々な言葉で日本の気候風土が創りだす、日本の原風景を伝え
ようとしてくださっているのに、集中力の無い僕は、なぜかアメリカ映画の
『フォレストガンプ/一期一会』で見た、こんなシーンを思い出していたのでした。
 
 
Forrest_gump.jpg
 
 
フォレストがアメリカ大陸を走って縦断していた時に見た、モニュメント・バレー
に登る朝の光を回想して、彼はこう言います。

-------------------------------------------------------------------

  And in the desert, when the sun comes up,
  I counldn't tell where heaven stopped and the earth began.

   砂漠の日の出
   境目がわからなかった
   どこまでが天国で
   どこから この世なのか
 
                 『フォレストガンプ/一期一会』
-------------------------------------------------------------------
 
 
いや、違う違う。 モニュメント・バレーじゃなくて、ニッポン、ニッポン。

国籍不明、文化的背景のない僕の思考回路は、こうやって迷走します。


太田先生のイメージに少しでも近い表紙がつくれるでしょうか。

『熱海瑞雲茶会録』、もう直ぐ完成(の予定)。
 
 

必読書

 二年程前、デュジュリドゥのKNOBさんやホーメイの岡山守治さんらで構
成される「てえげえ」のライブを、和蝋燭の灯りだけで行うという「闇ライブ」
を企画したことがあります。

 灯りの演出指導を太田先生にお願いしたくて、企画書を持ってご自宅に説
明に行かせていただいたのです。

 その時、太田先生から指摘されたことは、

 「青樹君が企画する闇には色がない。
  漆黒の闇の中にも、漆という色があるんだ」

ということでした。
 
teigei.gif
 
そして、ご本人から直接、

 「太田新之介と交流をしたいのなら、次の三冊を熟読するように」

と言われました。


  『陰影礼賛(いんえいらいさん)』(谷崎潤一郎 著)
  『風姿花伝(ふうしかでん)』(世阿弥 著)
  『狂雲集(きょううんしゅう)』(一休宗純 著)


 「そういえば、雪堂さんも『狂雲集』を良くご存知だったなあ。
  僕の作品に触れては、"新之介さんは『狂雲集』を読んでますね"と、
  何度も指摘された」 (太田先生)


 あれから二年がたちました。僕は一度目の『陰翳礼讃』をなんとなく読
み終え、『風姿花伝』は中学生向けに書かれた『すらすら読める風姿花伝』
という本の現代語訳の部分だけを斜め読み。

 (できない受験生の試験直前の一夜漬けみたいだよなあ)

 でも、一休宗純の『狂雲集』は、最初の数行を読んで止まったままです。
 彼の歌に自分の心をうまく重ねることができないのです。
 
ikkyuu.gif
 
 一休さんと交流するのにも、必読書があるのかなあ。


キャッチフレーズ考え中

今日は太田先生と冊子『熱海瑞雲茶会録』の編集打ち合わせです。
一ページ目のキャッチフレーズが決まりません。すでに、5回変更になっています。

最初は、こんなフレーズでした。

   "「和の心にて候」
    この言葉は、日本人で良かったと思えるためのキーワードです。"

現在はこれ。

   "「和の心にて候」
    これは、日本人で良かったと思いたい時のジュモンです。"


 「まだ、納得いかないんだ。
  ジュモンだと、呪文(のろいぶみ)と読む人もいるからなあ。
  青樹さんの知恵を貸してくれないか」(太田先生)

 「いやぁ… 知恵ないんですけど…… では、こんなのどうですか…

   "「和の心にて候」
     声にして 心にて響く そのこと"
」(僕)

 「そのこと…、そうだよ、伝えたいのは、まさに"そのこと"なんだよ。
  "そのこと"は、四字だな。これは五字のほうがいい。
  すると全体が、七五調になる」(太田先生)

 「おぉ、身体に染み付いてしまっている日本のリズム…
  じゃあ、こんなのどうですか。

    "声にして 心に響く そのリズム"」(僕)

 「なんか笑点の林家木久蔵みたいなっちゃったなあ。これどう?

    "声にして 心に響く その想い"」(太田先生)

 「ちょっと普通っぽいですかねえ… では、これではどうでしょう。

    "声にして 心に響く おまじない"」(僕)

 「座布団全部持ってけー!」(太田先生)
 
 
kikuzo.gif
 
 
 「こんなのどうだ。

    "声にして 心に響く 言葉かな"」(太田先生)

 「言葉かな… "かな"ですか…
  そのまんま、俳句になってしまいましたね…」(僕)
 
 
   - (考え中) -
 

 「これはいかがですか。

    "声にして 心に響く その音根(おとね)"」(僕)

 「音ねぇー?」(太田先生)

 「じゃあ、これではいかがでしょう

    "声にして 心に響く その音波(おとは)"」(僕)

 「"おとは"? それ音波(おんぱ)だろう」(太田先生)」

 「あっ、そっか…(^^; では、

    "声にして 心に響く その音流…" んっ? "音振"… えっ?」(僕)
 

   - (考え中) -
 

 「これはどうだ。………」(太田先生)

 「……… おぉ! いいですね。決まりましたね。それにしましょう!!」(僕)
 
 
 結果は、『熱海瑞雲茶会録』をご覧ください。

 まもなく、入稿!
 
 

能楽堂のスケッチ

野村萬斎氏が演出した能『安宅』を観に行ったことがあります。

興味があったのは、演目以上に、その公演が行われた会場のことでした。

能舞台ではなく、通常はオペラやオーケストラが演奏されるオーチャードホー
ルでの上演だったのです。(そう言えば、今週から、ブロードウェイ・ミュー
ジカルの『ヘアスプレー』が始まりましたね。)

pic_02.jpeg


当日配布されていたパンフレットには、こんな記述がありました。

───────────────────────────────────

 能の確固たる伝統の力はこのような新たな空間との出会いによって、より
新鮮に発揮されます。実際世阿弥の時代には広い野外の舞台で真後ろに橋掛
かりがある舞台で能が上演され、甲冑姿で馬に乗って演じる能が上演された
り、生気に溢れる多様な空間での演出が生きていました。

  笠井賢一(演出家・能楽プロデューサー)『東京 春の能・狂言』より

───────────────────────────────────


 舞台中央に、この世のものとは思えない姿をした巨大な松が、幾重にも組
み合わせて設置され、弁慶たちは、下手の橋掛かりから現れ、今度は舞台後
方にも伸びた橋掛かりの奥の闇に消えて行きました。

 僕は、満席となった2150席のオーチャードホールの張り詰めた緊張感を、
心地よく感じていました。


 この話しを太田先生にしたとき、その身を乗り出して、こう言いました。

 「それは、俺がやろうとしていることとちょうど逆だ。
  俺は、本来能楽堂ではやらないことを、能楽堂という制約の中でやろう
  としているのだから。」(太田先生)

 そう言って、一枚のスケッチを見せてくれました。太田先生が書いた MOA美
術館の能楽堂のスケッチです。

能楽堂のスケッチ

 11月25日の能楽堂ライブの演出が始まりました。
 
 

  

宇宙ステーションと襖絵

今日は、熱海瑞雲茶会の最後の席となる水晶殿を見せていただきました。

太田先生が改修の設計デザインされたそうです。

水晶殿へと繋がる長い長い廊下。
 
まるで、宇宙ステーションのようですねえ。
 
水晶殿
 
 
 
今日の熱海は曇りのち雨。

大きな窓ガラスの外には、ぼんやりとした熱海の景色がありました。
 
まるで、襖絵のようですねえ。
 
window.gif


 

情を報(しら)せ、情に報いる

熱海瑞雲茶会ポスター


「お茶碗をひとまわり小さくして、中心をすこし右にずらす」
「客と席主の問答の文の下をそろえ、背景部分の陰をもっと濃くする」

熱海瑞雲茶会のポスターに、太田先生から細かい指導が入ります。

その作業は、どこに、どのような情報を掲載するかということよりも、何も
情報が記載されていない部分をいかに創るかということに、多くの時間
をかけているように感じました。

それはまるで、茶碗や言葉が放っている目に見えないオーラが漂う部分を察
知して、その空間を他の情報で侵さないようにしているようにも思えました。

茶室のしつらいも、このようにして行われるのでしょうか。


ところが、入稿の直前になって、今度は太田先生や実行委員の方々から、

 「この情報を追加して欲しい」

との連絡が多数入るようになりました。

 「えっ? ここに、文字を入れるんですか?」 (僕)

電話の向こうの太田先生が、なぜその情報を追加する必要があるのかについ
て、その理由を一つずつ説明をしてくださいました。

それは、この催事に足を運んでくださるお客様への心遣いだったり、お手伝
いしてくださる方への配慮だったり、ある方への心配りであることが感じら
れました。

もしかしたら、情報とは、「心情を報せる」、さらには「情けに報いる」と
いう意味なのだろうかと、僕はその言葉の起源に思いを馳せました。

太田先生が時間をかけて創った空間が、今度は文字で埋められてゆきます。

 
11月24日の茶会に先立って、太田先生が書き下ろした『熱海瑞雲茶会録』に
は、こんな茶席が登場します。


───────────────────────────────────

 青々庵は、次の濃茶道具席に入る前に一呼吸おくために用意された空間の
 ような気がしたが、ただ一点、床之間に置かれた花と古銅の花入がとても
 印象的に思えた。

 光琳が好んだ写しの席と、ただ一点の花。

 他のものをそぎ落としてこそ、そこに観えるもの。

 ひとつの中に込められたもてなしを、久し振りに感じられ、化粧の掛込み
 天井に切られた突き上げ窓の明るさが印象的な小間席だった


        『熱海瑞雲茶会録 - 花荘りの席』より(太田新之介著)

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配られた心が相手に伝わったとき、その心はもう語られる必要がなくなり、
初めてそぎ落とすことができる。そうやって、ひとつひとつをそぎ落とすこ
とができれば…

僕は、まだ見ぬ「花荘りの席」を、頭に思い描きました。


 

ふわーっと飛び上がる

 
ufo.jpg
 
 
これは、今回の『和の心にて候in熱海』のトレードマーク。

もちろん、太田新之介先生のデザイン。
UFOが飛遊している絵なのだそうです。しかも木造の。

ある印刷会社は、このマークを燈籠だと勘違いし、ちょっと左に傾いているのを
水平に直し、さらに、安定感があるようにと、印刷物の下方に配置してしまいま
した。

でも、『和の心』とUFOに何の関係が?

まさしく、これがシンノスケ・コード(太田先生のメッセージを読み解くため
の暗号)のひとつ。きっと、『和の心にて候in熱海』が開催されるその過程で、
この暗号が少しずつ解き明かされてゆくのでしょうね。


地上からふあーっと飛び上がった木造のUFO。

 「これが、UFOだとわからないと、水平に直したくなるのに
 ちょうどいい、絶妙な傾き加減ですよね。」(僕)

太田先生は、楽しそうに笑っていました。
 
  

猩猩緋(しょうじょうひ)という赤色

 「赤からだんだんと白にグラデーションして、もう一度赤に戻る」

太田先生の「和の心にて候in熱海」のパンフレットの色のイメージでした。

 「赤って… どんな赤ですか? 厳島神社の鳥居の色ですか?」(僕)

 「いや。巫女さんの袴の色」(太田先生)

僕は、猩猩緋(しょうじょうひ)という赤色を使ってみることにしました。

猩猩緋


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猩猩緋(しょうじょうひ)

鮮やかな濃い深紅色をいう。能の『猩猩』では猩猩(猿ににた伝説上の霊獣)
が赤毛装束をつけて登場するが、その赤毛、赤面、赤装束からの連想からつ
けられた色名である。(中略)その鮮やかで刺激的な赤の毛織物を戦国大名た
ちが買い入れ陣羽織などにして身にまとった。

                    『日本の伝統色』(ピエ・ブックス)より
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菊池寛氏の小説に、猩猩緋の陣羽織が登場する『形』という作品があります。

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『形』のあらすじ

いつも猩々緋の陣羽織を着て暴れ周り、敵に恐れられていた武士が、初陣の
名づけ子に懇願されて猩々緋の陣羽織を貸し、別のいでたちで出陣する。

すると、いつもと勝手が違い、逃げ回るはずの雑兵たちが勇敢に立ち向かう
ため思いのほか苦戦する。彼が「形」の力に気づいたときは既に遅く、なんと
いうことも無い雑兵の一撃によって武者は絶命してしまう。


・『形』(菊池寛 著)
http://www.aozora.gr.jp/cards/000083/files/4306_19830.html
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…というお話し。

日本人は、猩猩緋という色が放つ「目に見えないエネルギー」に気づく
高い感受性を持っている、というエピソードなのだと思います。
  

ただいま「熱海瑞雲茶会ポスター」作成中

といっても、太田新之介先生ご自身の頭の中には、既にかなり具体的な
イメージがあります。ポスターの中央には、こう書かれています。
 
    「桃山期の志野に井戸茶碗はないといわれていますが。」
    「はい、世の定説を覆す一碗になると存じます。」

 
太田先生が、この茶会のために書き下ろされた『熱海瑞雲茶会録』の中の問答
の一部です。

熱海瑞雲茶会ポスター原稿f

「茶の湯」の世界を全く知らない僕にとっては、そもそも「志野に井戸なし」
という定説を知らないわけですから、その定説が覆されることが、その世界
においてどれほどのことなのかを思い計ることができず、よって、たとえ、
世が覆ったとしても、そのことさえ気づかずに生きていくのだなあ、と未知
の世界の出来事に思いを馳せました。
 
ところが、先週の打ち合わせで、この問答の部分が次の様に変更になったのです。
 
    「桃山期の志野に井戸茶碗はないといわれていますが。」
    「はい、歴史を開く一碗になるかと存じます。」

  
茶の湯の世界での大きな事件が、僕の身近な出来事になったような気がしました。
 
 

シンノスケ・コード

以前、太田新之介先生から、ご自身が主宰する樵隠塾の紹介文を僕の言葉で
書いて欲しいとの依頼があり、困ってしまったことがあります。

なぜかというと、太田先生ほど「こういう方です」と、言葉で人に伝えるの
が難しい方は他にはいらっしゃらないと思うからです。

shouin.gif

例えば、太田先生のことを「建築家」とご紹介しても、現在世間一般に知ら
れている建築家、たとえばA藤氏やK川氏、M川氏等とは、その人となりも作品
も異なる方ですし、ご自身で150回以上の茶事をされた「茶人」と説明しても、
今までお茶の世界にいらっしゃった方が創られて来た「茶人」のイメージにも
うまく重ならないと思うのです。

今、一番相応しい太田先生のご紹介の仕方は、「今年の11月に『和の心にて
候in熱海』というイベントで、瑞雲茶会という大茶会を企画・構成・監修し、
東西の楽器を際無く響かせる能楽堂ライブの演出をされる建築家」という説
明でしょうか。

ところで、このイベントのタイトルを、『和の心』でもなく『和心』でもな
く『和の心にて候』という候文(そうろうぶん)にしたところに、実は太田先
生のメッセージが込められていたことを、先日あるきっかけで知りました。
 
 「ほう。やっとシンノスケ・コードに気付いたか。」(太田先生)
 
こう言われて、さらにどきっとしました。

それは、レオナルド・ダビンチの様に、太田先生の創作活動には、他にも
まだたくさんの暗号(メッセージ)が隠されているという意味だからです。
 
davincicode.jpeg

そうだ!「太田先生は、レオナルド・ダビンチの様な方」という説明はどう
でしょうか?
 
太田先生からも、ダビンチからもこう叱られそうです。
 
 「お前、何もわかってないなあ!」
 
  

2008年07月

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青樹洋文 on 能楽堂のスケッチ: ユーミンさん、コメントありがとうとうございます。このキーワー
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ときえ on 能楽堂のスケッチ: 「和の心にて候in熱海」の演出にとても興味があります。特に奈
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