花の名
「兵ちゃんこんばんは。タマも元気ね」
「姐さん今夜はアヤメ模様の着物だね」
「アタシャ昔からあでやかなアヤメ芸者だったのよ」
「昔だけニャーン」
「タマ、口を慎まないと生きて行けないよ」
「今、豚インフルエンザが騒がれてるね」
「ウイルスだって人間と必死で戦ってるんでしょ」
「ウイルスも大変だなぁ」
「それにしても日本には不況感がないわね」
「ゴールデンウイークの混雑でそれが分かるね」
「兵ちゃん、今夜は綺麗にこんなのどう、…ん」
五寸アヤメはアタシのことか 皐月の空に色が舞う(314)
「おう、茶花の都々逸か、いいね。ボクもひとつ…ん」
熊谷草とは良く謂ったもの 熊がいなそな洒落たホロ(315)
「源氏の武将熊谷直実の幌を背負った姿から名付けた名前ね」
「平家物語で平敦盛を打ち、仏門に入った武将だよ」
「確か能の『敦盛』にも出るわね。壇ノ浦で…」
「日本人は花に粋な名前を付けるなぁ」
「粋な名と言えば…ん」
アタシ好きなのあの花筏 嫁の泪の名のゆえに(316)
「ハナイカダがヨメノナミダか、素敵だね」
「姐さんはババァの涙ニャーン」
「コノヤロ、うるさいんだよ!」
「今珍しいのが咲いてるね。浦島草って」
「いってみようかしら」
浦島草なら釣り糸たれる アナタ岡釣り糸もなし (317)
「オカヅリね。古典的ナンパだね。意図もなしに掛けてるね。深いなぁ」
「兵ちゃん意図もなくよくやってたでしょう」
「それじゃ色摩だよ。ボクは姐さんほどじゃないと思うよ」
「アタシャ岡でなくて丘だわね」
「ドテじゃニャーン」
「タマ、後で揉み砕いてやるからね」
「姐さんこんなのは、…ん」
梅雨近く 残り椿に恋偲ぶれば 恋し恋しと雨をよぶ(318)
「残り花ね。いいわねぇ、雨を呼ぶってね。あたしも…」
二人静は慎ましさゆえ 仲の良いのに例えられ(319)
「何でもそうだけど、日本の人は例えがいいわね」
「こんな複雑で高度な知能をもった民族はいないと思うよ」
「それにしても綺麗なネーミングね」
都忘れの紫色に 昔の恋がにじんでる(320)
「兵ちゃん都々逸の先祖ってなんなの」
「多分、万葉集以前からあった歌だと思うよ」
「それが和歌になったの」
「人間は感動すると言葉を長く出すんだね。それが詩や歌になるんだ」
「声が長くなるニャーン」
「タマ、お前の長いのはオスをよぶサカリ声でしょ!」
「婚活ニャーン」
「和歌が都々逸のふるさとなんていいわねぇ」
「日本人の歌謡のエッセンスさ」
「アタシもこれから磨きをかけて花代稼がなくっちゃね」
「磯千代姐さんは夜の無形伝統文化財保持者だよ」
「兵ちゃん有難う、今夜はアタシに送らせてね」