日本のすがた・かたち

2008年10月05日
光は走る

hp-40.jpg何かある
光の走るその道に
清ら直なる心躍りぬ


やはりそうだったのか、と思いました。

千葉鋸山の行基菩薩と弘法大師。
箱根強羅は岡田茂吉。
山梨七面山の日蓮大菩薩。
愛知一宮真清田神社の天火明命(アメノホアカリ・天孫族)。
京都綾部の出口王仁三郎。
                              出雲の大国主命(オオクニヌシ・出雲族)。
そして釜山、光州から中国日照港を経てインドの聖地ルンビニの釈迦牟尼仏。
その先のエルサレムを通り。そして再び日の本へ・・・。

いずれも北緯35度ライン沿いに出現した我が国の大徳たち。
そう、やはり東方の光は西方をめざし、その黄道軸線上に稀なる聖人を生んでいました。

光の走る道には、それぞれの聖なる人々の足跡が刻まれていて、あの日、鋸山の大いなる「気」は、私にそれを見せてくれたのでした。

また、一宮から南北の軸線上に、北は飛騨位山の一之宮水無神社の天火明命。南方に伊勢神宮の天照大神(アマテラス)。偶然というには少し戸惑う符牒の一致でした。
太陽のエネルギーを基としたこれらの神業は、いくつもの波動で私の胸をたたきました。

今、私の脳裏には、次の祭事、「和の心にて候」の幾つかの情景が見えています。光の走る道を歩き出したのは決して気のせいではなかったようです。
鋸山山頂に吹いていた風は私を導き、いざなう光の風のようでした。

近く、また皆さんと日本人のすがた・かたちを見ることになりそうです。

2008年10月09日
奥行き

hp-43.gifあることを
和みごころの色に変え
伝えほどこす美ましはらから


戦後、アメリカは日本をアメリカ化するために3つの政策を施しました。

3S(スクリーン、スポーツ、セックス)といわれるものです。
日本人の持っている文化を、根底から崩そうとしたものといわれています。

私たちは日本が負けたことでアメリカ文化のほうが優れていると錯覚してきました。その象徴的なことが、国語を英語に変えようとしたようなことです。

3Sを受け入れた私たちは、その刺激的な楽しさに狂乱しました。アメリカの文化こそ世界で一番だと思ったのです。その国の軍事力の大きさ強さと享楽的消費が基準になっていたのです。かつての中国の唐や元の時代の文化性と質は違いますが似ています。

私は建築家を志し、日本の建築は「木の建築」だと40代の頃思いだしてから、アメリカの文化は二百数十年。日本は一万五千年、と気づきました。そして、日本はもう少しで外来文化を呑み込んでしまうだろう、と思いました。

日本人はなぜか外来の文化文明に寛容で、好奇心をかきたてます。またその受け入れは早く、理由の如何を問いません。不思議なことに、外来ものはやがて日本化され、全く違うものとなる道をたどります。取捨選択されながら日本独自のものに変えられるのです。仏教などが良い例です。
その日本化の質の高さをさして、恐ろしい消化酵素をもった民族だという人もいます。

今、私たちは戦争やディズニーランドに象徴されるアメリカ文化に、どこか違和感を覚えだしています。奥行きのない他国の文化に拒否反応が出てきたようです。そして、日本人は過去どうしてきたのか、次代に向けて、どのように「この今」を伝えられるのか、という問いに直面しているようです。

金融危機を境に、戦争を軸にして世界に君臨しようとした愚かな戦略が漸く終焉を迎えだしました。これから、それぞれの国と民族は、自らの文化の奥行きに思いをいたすことになると思います。

私は今、先人が営々と積み重ねてきた生活と、気候風土に根ざした心根に、爽やかな誇りを感じています。
その証が「和の心にて候」という言葉になっていると思っています。

2008年10月12日
わび

hp-43.jpg子どもらに
遺せし秋の侘びしさは
今も大和に絶えず続きぬ


日本人の美意識に「わび、さび、ゆうげん」があるといわれています。

侘び、と文字にするとその様(さま)が浮かび上がってきますが、お詫びする詫びと同意語です。意味は、思いわずらうこと、閑居を楽しむことです。

ここにいう侘びは茶の湯や俳諧にいう、閑寂の風趣といわれるものです。のどかで寂しい様です。

日本人にはこの様を好ましく思う心情があって、これは老若男女、子どもにも備わっている特質です。

これから紅葉の美しい風景が日本全国を覆います。冷気が露を呼び、空がどこまでも高く澄む錦秋の季節が、日本人の意識を侘びの世界にいざなiいます。私は秋になると、紅葉の中に住んでいるような感じをうけ、自然の中で恵まれた暮らしをしていることを思い起こします。

この気候風土に育った私たちは、自然のなかの一部として慎ましく暮らしてきました。
けして地球環境を自分たちの手でコントロールできるというような、おこがましさや傲慢さを持つことはありませんでした。かえって子々孫々にいたる繁栄のためとはいえ、山野を削り、海を埋めることに、どこか後ろめたさを覚えてきたようです。その意識がもうひとつの詫びの言葉の根底に横ったわっていると思われます。

風土の中で季節を愛で、自然を畏れ、詫びながら暮らす……。

ここに日本人が持っている美意識が発揮されているように思います。
色とりどりの中に詫びる様を観る。心躍る中でのどかで侘びしい様を見る。鮮やかな色彩につつまれた寂しさ…。この侘びしさを次代に遺さなければなりません。

私たちは、対極にあるような感情もつつみ、それを変えようとせず、意識せず溶かしひとつにしてゆく。

侘びを身にまとう日本人に、私はおおいなる未来を感じています。

2008年10月15日
はな

hp-44.jpg花の世の花のようなる人ばかり
すがたをみせよ そを成せる君


「花」は世阿弥(ぜあみ)のいう花です。

世阿弥は、室町時代に能楽を大成させた不出世の文化人で、多くの芸術論を遺しています。その中に、「風姿花伝」という能楽論があります。

その「花」とは、人々に感動を呼び起こす魅力とか芸術的魅力のことをさしています。
「花」は野に咲く花とは違い、花の都、今が人生の花だ、というように。また時めくこと、栄えることなど
                            の意味もありますが、世阿弥は人間の魅力について論じています。
それは、古くから日本人が人間として憧れ、めざしてきたものの生き方に他ならないものです。

能はかたとかたちの最も凝縮された歌舞音曲の塊といわれます。
それはもう何処からも手をつけることができず、隅から隅まで完成し尽くされていて、誰もそれを乗り越えることができません。後世の人々はそこから脱し歌舞伎から果ては新国劇までの新分野に活動を移してきたようです。能楽は現代演劇の母といわれる所以です。

時代は移ろう時、旧態を消し去り過去のものとして葬ります。その中で、なぜ能楽は六百年もの間絶えることなく、また我が国の代表的な文化として輝きつづけているのか。

世阿弥の言が響きます。
『花になる。その可能性は誰の中にも潜んでいる…』

能楽は花をめざします。
そこには日本人の、花になる、という美しい生活への憧れが溢れているようです。また風土に育まれてきた情躁が、能楽という高度に儀礼化されたものに感応し、肌で感受できるものとなっているからかも知れません。日本がある限り能楽は絶えることはないと思います。

見所(けんじょ・観客)を感動させるには『花と、面白きと、めずらしきと、この三つは同じこころなり』。世阿弥はこう記しています。神代の時代から日本人が心してきたものです。

私は、茶事を組み立てる時これに倣い、この三つのものから一会を見るようにしています。勿論、祭事「和の心にて候」も同じところから物事を組み立てています。物事の往きつく先は皆同じことのような気がします。花を求める人には、他を感動させる秘かな目的があるようです。

わが国には、先人が花を求め遺した情緒や歌舞音曲が今も力強く息づいています。
日本に生まれ育った私は、日本人であることに謝念を覚えるようになりました。

2008年10月20日
露地

hp-49.jpgこの露地を幾人ひとの辿るかな 
今を生きよと木々はこたえる


茶席に入る前の庭を露地(ろじ)といいます。

茶の湯にいう茶事のために用意された外部空間です。

この庭は観賞用のものではなく、屋根のない茶室の一部であり、不思議な行動をする場所です。
招かれた客は、この中に設けられた外腰掛というところに腰掛けて、招く亭主の迎えを待ちます。

露地は、露わになる場所という意味から呼称されていて、人間の持つそれぞれの業(ごう)が、この庭においてすべてあらわれるというところで、ここに入ったら人間の本性が露呈されるといわれます。

しばらくして亭主の迎えを受け、清水で手を浄よめ、口をそそぎ茶席に入りますが、ここには清浄域に入るための中門(ちゅうもん)と茶席の入口の躙口(にじりぐち)という通常、二つの結界が設けられています。ここを通過して懐石やお茶を頂く本席に入ります。

結界は清浄界なるものと俗界との境です。古式の神楽、蹴鞠や能、地鎮祭のときなどに竹で囲いを作り白紙の紙垂(しで)を下げるあの界と同じです。
日常生活はケガレを受けている、と信じてきた我々の祖先が遺してくれたもの、それは常日頃、身を清浄に保ちおこうとする、かたとかたちでした。

400年以上続いてきた茶の湯には、身を浄める、という考え方が基になっていて、その心根こそ、日本人が太古から持ち続け伝えてきた美わしき精神であり、行住坐臥とした生き方でした。
なぜ茶の湯が戦乱の世に生きた武将たちを突き動かしたのか。なぜ茶の湯は絶えないのか。
ここに日本人の特質を知るヒントがあるように思います。

私は茶事が近くなると、露地の草を引き風情を整えます。
ただ茶を喫す儀礼を、かたとかたちの凝固した茶室で行うこと…。

露地を通る風は人のこころの原点を保つことを教えてくれているようです。

2008年10月24日
風景

hp-53.jpgまほろばの八十島清ら美しく
世に類なきひとぞすみける


日本列島の圧倒的な美しさについて『日本風景論』(志賀重昂・明治27年)が記しています。

1. 気候、海流の多変多様なこと
2. 水蒸気の多量なること
3. 火山岩の多々なること
4. 流水の浸食激烈なること

ここから日本列島の風景の美しさが生まれているといっています。

現代科学は、人間が棲むことのできる場所を広げ、地球上のどこでも可能にするような感があります。それは高地から深海、宇宙空間にまでおよび、その歩みを止めることはありません。
しかし、天地自然の理にかなった風景においては、人間の好奇心や科学の挑戦といえども、そこに科学的進歩というものは見当たりません。人間は自分たちの都合で、それを壊すことはできても創造することはできないからです。天然の風景は天地に任す他はありません。

私は、この地球上でも稀な気候風土の日本列島に棲んでいます。いつの頃からか、この地の風景の有難さを確実に次代に伝えていかなくてはならない、と思いはじめ、その証である水、緑、空といった一見、普段生活している中では気づかない、身近で大切なものに関心を持つようになりました。
昨今、地球規模で温暖化に対処しようとしていますが、CO2削減という観点ばかりではなく、日本ではこの大切な風景の意味をよく理解し、人間の手で壊さないようにしよう、と次代に伝えることが大事なような気がしています。

日本人は永い時間をかけ、知らず知らずの間に日本人特有の精神性を作り上げてきました。その基となるものは気候風土がつくり上げた美しい風景ではないかと思います。
この頃の私は、美しい風景の大切さを子供たちに伝えてゆくことが、本来のまちづくりであり、、美しい生活への基本ではないかと思うようになりました。これを伝えるのは、先に生きている大人の務めだ、と思い定めています。

『日本風景論』にいう4項目を満たす地は世界的にみても少なく、日本列島でも僅かといわれますが、その中で際立っているといわれる地が、東南の相模湾に臨む静岡県熱海です。
熱海は日本列島を弓に例えると、丁度矢をつがえる交点に位置します。北海道を頭にした龍に例えると、お腹の位置に当たります。いずれも何も妨げるものがない太平洋に向いています。

古くから温泉地として開かれたこの地には、確かにこれらの項目が当てはまります。熱海の海である網代湾は玄岳(くろたけ)火山の火口が陥没したものといわれ、良質の温泉と共にその風光明媚さは白眉といっても過言ではないようです。

昨年催した祭事「和の心にて候」は、この光溢れる相模の海を一望できる風景の中で行われました。
私は折にふれ、その光の中の清々しさを思い出します。                                                                                             

                                                                                                                                                                                      

                                                             

2008年10月31日
雪月花

hp-57.jpg雪見れば白き月影白き花 
敷島人のこころたとえて


「雪月花」はノーベル文学賞の川端康成が、日本人の美意識や特質を表現しようとした言葉として知られています。

出典は、唐代の詩人白居易の詩の一節「琴詩酒友皆抛我 雪月花時最憶君」(寄殷協律)から採られたものです。白居易は字(あざな)を白楽天といい、楊貴妃を歌った『長恨歌』で多くの人たちに親しまれています。

「琴や詩や酒の上での友はみな私を離れてしまった。雪や月や花の美しい時に君のことを思い出す」と詠っていますが、私はこの詩の雪月花……が好きで、高校生の頃から口ずさんでいました。
また、「 雪の上に照れる月夜に梅の花折りて送らむはしき子もがも 」と大友家持が『和漢朗詠集』に詠っています。

なぜ古から、雪と月と花が日本人のこころを捉えてきたのでしょうか。

鎌倉時代に福井の永平寺を開いた道元禅師の頌(じゅ・詩)に『清白家風梅雪月(せいはくのかふうばいせつげつ)』というのがあります。「私たちの禅風は梅の花のように白く芳しく、雪のように白く清く、月のように白く淡い」というものです。
これと同じ禅語となっているものに『霜月照清池(そうげつせいちをてらす)』というのがあります。「白く霜が降りたような清らかな池を月が照らしている」という意味です。これらはいずれも禅の悟りの世界を表現したものといわれ、特に「月」は悟りを現わす対象として好まれています。

日本人は清廉潔白という言葉のように、白というイメージに特別の思い入れがあるようです。雪、月、梅花、霜月など、これらに共通するものは白のイメージです。

白という色は、日本人が良しとしてきた日本の精神性を最もよく現わしているイメージで、清らな心根、ケガレのない思い、直なるすがたというものに直結するような気がします。日本の国旗の白地に太陽の赤は、最も日本的なすがたを現わすものとして象徴的です。

人は、うそ偽りの多い俗世に生きることを余儀なくされていますが、次代を担う若者たちには、少なくともこの白のイメージを伝え遺してきた先人がいることを知らせる必要があるように思います。

雪と月と花は、私の恋心とともに消えることなく暖かな灯火となっています。
(写真 高野山 切り絵 「壽」の字)                                                                                                                                                                                                                           


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雪月花
(Setsu-Getsu-Ka; seasonal beauties in Japan : snow, the moon, flowers; scenes of the seasons) (It is one word, but these three things are often included separately in one poem.)


Setsu-Getsu-Ka is my favorite word.
Yasunari Kawabata, a Japanese Nobel Laureate in literature in 1968, preferably used it to express the sense of beauty or the characteristics of Japanese.
It is originally excerpted from a poem composed by a Chinese poet Bai Juyi (772-846).
Snow, the moon and flowers have long been included in Waka (a 31 syllable Japanese traditional poem) or other forms of poetry.
Regarding the reason why snow, the moon and flowers have been attracting Japanese, I think about the fact that Zen priests frequently explained their principles or Zen spirit symbolically referring to the things such as snow, the moon and flowers (especially of Ume, Japanese apricot).
Especially, the moon is an ordinary metaphor for “Satori”, a state of spiritual enlightment.
What these things have in common is the white color.
White implies “purity”.
Japanese has traditionally valued white color as the ethos and have had a special felling for ! it.
We have to live in this world where there are lies and dishonesty here and there.
I want young Japanese to know that Japanese people have passed the purity represented by the white color from the far past. 
(訳 北川洋子)